東アジア・ASEAN諸国のカーボンニュートラル戦略【金融編】
manager気候変動対策が急務となる中、カーボンニュートラルを目指す取り組みが各国で進んでいます。シンガポール、香港、日本、そしてASEAN諸国は、それぞれ独自の戦略を展開し、企業と政府が一体となって未来に向けた重要なステップを踏み出しています。今回の記事では、これらの地域におけるカーボンニュートラルへの道筋と、そのビジネスインパクトについて詳しく探ります。
カーボンニュートラルとは？
カーボンニュートラル（Carbon Neutral）とは、排出される二酸化炭素（CO₂）と吸収されるCO₂の量を相殺して、ネットでゼロにすることを目指す概念です。これには再生可能エネルギーの利用、エネルギー効率の向上、カーボンオフセット（植林や炭素回収技術）などが含まれます。
カーボンニュートラルは、Apple、Google、Microsoftなどの大企業を始め、多くの企業が2040年までに達成する目標を掲げる重要なテーマとなっています。各国の政府も積極的に規制を進めており、EUは2050年までにカーボンニュートラルを目指す「欧州グリーンディール」を推進しています。アメリカも2030年までに温室効果ガス排出量を50-52％削減する目標を掲げています。
金融セクターでは、投資家がESG投資を重視し、企業の環境パフォーマンスを評価する際にカーボンニュートラルへの取り組みを重要視しています。技術革新も進んでおり、カーボンキャプチャー技術や再生可能エネルギーのコスト削減がカーボンニュートラル達成への障壁を低くしています。
また、国際協力の面では、パリ協定を通じて各国が温室効果ガスの排出削減目標を設定し、国際的な協力を強化しています。カーボンニュートラルは、気候変動対策の中心であり、持続可能な社会を目指すために世界中のビジネス界が積極的に取り組んでいます。
シンガポールと香港におけるカーボン取引プラットフォーム
シンガポールは、カーボンニュートラル達成に向けたリーダーシップを発揮しています。特に、Climate Impact X (CIX) というカーボンクレジットプラットフォームは、企業が排出する温室効果ガスを削減するための重要なツールとなっています。このプラットフォームは、自然を基盤とした解決策（NbS）を提供し、地域および国際的なカーボン市場で重要な役割を果たしています。
CIXは、シンガポール政府の支援とともに、透明な政策環境下で運営されています。これにより、企業は安心してカーボンクレジットを取引し、持続可能なプロジェクトに投資することが可能となっています。CIXの成功は、シンガポールが持続可能な未来に向けたリーダーシップを発揮している一例です。さらに、CIXは企業に対し、カーボンオフセットプロジェクトへの投資機会を提供し、企業が自社のカーボンフットプリントを削減するための具体的な手段を提供しています。
香港にも、シンガポールのCIXに類似したカーボンクレジット取引プラットフォームが存在します。特に注目すべきは、香港証券取引所（HKEX）が運営するCore Climateです。Core Climateは、カーボンクレジットおよび関連商品を取引し、グローバルなネットゼロ達成を支援します。特徴として、HKDおよびRMBでの取引が可能で、香港、中国、アジア全域、さらには世界中の気候関連の機会に資本を結び付けることができます。
東アジア及びASEANにおける金融業界の低炭素転換支援
日本
日本の金融機関は、企業の低炭素転換を支援するための取り組みを強化しています。例えば、日本政府は2023年に「グリーントランスフォーメーション（GX）」の基本方針を策定し、GX促進法を制定しました。この枠組みのもとで、金融サービス庁（FSA）、経済産業省（METI）、環境省（MOE）は、難脱炭素化産業の転換を支援するための「トランジションファイナンスフォローアップガイダンス（Transition Finance Follow-up Guidance）」を発表しました。さらに、日本政府は2024年2月に初のクライマットトランジションボンドの発行を完了し、約8000億円の資金を調達しました。この資金は、日本のカーボンニュートラル経済への移行を支援するために使用され、特に難脱炭素化産業の脱炭素化に重点が置かれており、産業の変革とエネルギー効率の大幅な向上が図られる予定です。この債券発行は、国際資本市場協会（ICMA）のグリーンボンド原則およびクライマットトランジションファイナンスハンドブックと完全に一致しており、個別のクライマットトランジションボンドの認証も受けています。
香港
金融ハブである香港は、低炭素経済への転換を支援するために、さまざまな取り組みや金融商品を導入しています。主な取り組みの一つとして、香港金融管理局（HKMA）と証券先物委員会（SFC）を含む「グリーン・サステナブルファイナンス横断機関運営グループ（Green and Sustainable Finance Cross-Agency Steering Group）」が結成されました。このグループは、国際財務報告基準（IFRS）に基づく持続可能性開示基準の採用、サステナビリティ報告のための技術活用、そして移行金融の発展を目指しています。これらの取り組みは、香港がグリーンファイナンスを推進し、低炭素経済への移行を支援するための重要なステップを示しています。
台湾
台湾の金融業界もまた、企業の低炭素転換を支援しています。例えば、玉山銀行は、トヨタファイナンシャルサービスの合弁会社である和運国際（Hotai Leasing Corporation）に対して約104億円のグリーンローンを提供し、低炭素エネルギーとグリーントランスポートの推進を支援しています。このローンは、特定の環境基準を満たすプロジェクトにのみ資金を提供し、企業の持続可能な発展を促進します 。また、国泰世華銀行は、使用済み食用油回収の新興企業Apeiron Bioenergyとの協力で、再生航空燃料の製造を支援するグリーン貿易ローンを提供しており、持続可能な航空燃料の生産能力を拡大し、航空業界全体のカーボンフットプリント削減に寄与しています。
シンガポール
シンガポールの政府や金融規制当局は、企業が持続可能な未来に向けて移行するための資金調達を促進するための新しい計画や拡張された支援策を導入しています。2024年3月、シンガポールの貿易産業省（MTI）は、エネルギー効率助成金（EEG）、エンタープライズ・ファイナンシング・スキーム-グリーン（EFS-Green）の拡大、新しいサステナビリティ報告助成金およびプログラム、リソース効率助成金（REG(E)）の強化、そして労働者のスキルアップと再スキルのサポートを含む、企業が低炭素で持続可能な未来に向けて移行するための支援策を発表しました。さらに、HSBCシンガポールは、借り手が特定のサステナビリティ目標を達成した場合に金利を調整するサステナビリティ連動ローン（SLL）やサステナビリティ連動債券（SLB）といった金融商品を提供し、企業が持続可能なプロジェクトに投資しやすくしています。2023年4月、シンガポール金融管理局（MAS）は、アジアのネットゼロ移行を加速するための新しい「Finance for Net Zero（FiNZ）アクションプラン」を発表しました。このプランは、気候データへのアクセスの改善、金融機関による開示の推進、強化された気候リスク管理の実施などを含み、シンガポールとアジア全体の脱炭素化活動を支援することを目的としています。
ASEAN諸国
ASEAN諸国はエネルギー需要の増加と二酸化炭素排出量の削減という二重の課題に直面している地域として、低炭素転換を支援するためのさまざまな金融および政策措置を導入しています。再生可能エネルギーへの投資において、2025年までにエネルギー供給全体の23％を再生可能エネルギーにすることを目標とした「エネルギー協力行動計画2016-2025」で、ベトナムは再生可能エネルギーの導入を急速に進めており、2020年までに16.5GWの再生可能エネルギー設備容量を達成しました。官民パートナーシップにおいては、インドネシアは「公正なエネルギー転換パートナーシップ（JETP）」を発表し、2030年までに10.1GWの石炭火力発電所を退役させることを目指しています。政策フレームワークと地域協力では、ASEAN諸国は、ヨーロッパのモデルに似たエネルギーの相互接続性と規制フレームワークの強化に取り組んでおり、統一市場のサポートを目指しています。
まとめ
シンガポール、香港、日本、そしてASEAN諸国は、それぞれの地域特性を活かしながらカーボンニュートラルに向けた多様な取り組みを進めています。シンガポールのCIXや香港のCore Climateなどのカーボンクレジットプラットフォームは、企業の温室効果ガス削減を支援する重要なツールとなっています。また、日本は政府と金融機関が連携して低炭素経済への転換を促進し、台湾やASEAN諸国も再生可能エネルギーやグリーンローンの活用に力を入れています。これらの取り組みは、持続可能な未来を目指す世界的な潮流の一環であり、ビジネス界にとっても大きなチャンスを提供しています。
カーボンニュートラルというテーマは、エネルギー効率や再生可能エネルギーへの投資を促進し、コスト削減と新たなビジネスチャンスを生み出します。直接的にカーボンニュートラルに関与しない企業でも、サプライチェーン全体の改善や持続可能な技術の導入を通じて恩恵を受けることができます。また、ESG投資の重要性が高まる中、環境パフォーマンスの向上は企業価値の向上にもつながり、投資家からの評価も高まります。カーボンニュートラルへの取り組みは、長期的な競争力の強化と市場での優位性を確保するための重要な戦略となっています。
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参考：
1）黃自強「新加坡打造零碳社會 台灣扮節能背後推手」, 淨零碳排｜中央社CNA, https://netzero.cna.com.tw/news/202407060037
2）黃自強「新加坡CIX碳權交易平台 聚焦以自然為本掌握市場趨勢」, 淨零碳排｜中央社CNA, https://netzero.cna.com.tw/news/202407040108
3）潘姿羽、蘇思云「金融業響應低碳轉型 推綠色貸款促企業落實永續」, 淨零碳排｜中央社CNA, https://netzero.cna.com.tw/news/202402230059
4）Hui Ching-hoo「Hong Kong green finance group eyes energy transition prospects in Asia Pacific」, Asia Asset Management, https://www.asiaasset.com/post/28016-green-finance-0109
5）Gilly Hutchinson「Hong Kong expands green and sustainable finance incentives and launches taxonomy for sustainable finance」, Linklaters, https://sustainablefutures.linklaters.com/post/102j74v/hong-kong-expands-green-and-sustainable-finance-incentives-and-launches-taxonomy
6）「HKEX Launches Core Climate, Hong Kong’s International Carbon Marketplace, supporting Global Transition to Net Zero」, Hong Kong Green Finance Association (HKGFA), https://www.hkgreenfinance.org/hkex-launches-core-climate-hong-kongs-international-carbon-marketplace-supporting-global-transition-to-net-zero/
7）Yasuyuki Kuribayashi、Yuko Toyoda「Recent Discussions on Transition Finance in Japan」, Chambers and Partners, https://chambers.com/legal-trends/recent-discussions-on-transition-finance-in-japan
8）Jarek Olszowka「Japan leads the way as investors turn their sights to transition impact」, Environmental Finance, https://www.environmental-finance.com/content/the-green-bond-hub/japan-leads-the-way-as-investors-turn-their-sights-to-transition-impact.html
9）「Unlocking transition finance for Singapore’s future」, Allen & Gledhill, https://www.allenandgledhill.com/sg/publication/articles/27689/government-enhances-support-for-businesses-in-transition-to-low-carbon-and-sustainable-future
10）Priya Kini「Unlocking transition finance for Singapore’s future」, Allen & Gledhill, https://www.about.hsbc.com.sg/news-and-media/unlocking-transition-finance-for-singapore-future
11）Mark Segal「Singapore Launches Action Plan to Mobilize Finance for Asia’s Net Zero Transition」, ESG today, https://www.esgtoday.com/singapore-launches-action-plan-to-mobilize-finance-for-asias-net-zero-transition/
12）Ratnesh Bedi、Asheesh Sastry、Toong-Yuen Chong「How South-East Asian countries can cooperate to enhance energy interconnectivity」, World Economic Forum, https://www.weforum.org/agenda/2024/07/south-east-asia-energy-transition/?n=%40
