海外展開 × デジタル化 × コスト管理 ― シンガポール最新調査から読む企業の勝ち筋とは

企業を取り巻く事業環境は、かつてないほどの不透明さを増しています。「コスト上昇」「需要の鈍化」「人材確保の難しさ」といった複数の課題が同時に押し寄せる中で、意思決定の難度は着実に高まっています。特に、賃料や物流といった外部要因に左右されやすいコスト構造や、採用・定着戦略の再設計が求められる人材領域では、従来の延長線上にある対策だけでは効果が限定的になりつつあります。

今回の記事では、最新の調査結果を手がかりに、シンガポール企業が直面する実態と、各セクターにおける構造的課題、そして企業が取り得る実務的な対応策を整理しながら、次の成長機会へとつながる視点を提示します。

景況感の全体像:慎重姿勢が強まる企業セクター

最新の調査では、シンガポール企業の景況感が引き続き慎重な姿勢にあることが示されています。Business Sentiment Index(BSI)は52.2となり、前四半期から低下しました。BSIは50を上回れば拡大傾向ではあるものの、その差は大きくなく、企業の判断が総じて「静観と様子見」に傾いていることを裏付けています。

今後の6か月における収益性(Profitability Expectations)は48.5と、節目となる50を下回っています。特に需要の不確実性やコストの上昇が背景にあり、短期的な収益改善を見込む企業は限られています。この傾向は、中小企業だけでなく大企業にも共通する課題となっています。

こうした見通しを踏まえると、投資判断や新規雇用の拡大に慎重さが求められる一方、既存事業の効率化や収益源の再構築が企業にとって重要な検討課題となります。

業界別の収益性と景況感

セクター別に見ると、景況感は大きく異なります。金融・保険、専門サービスなどは総じて相対的に高い景況感を保っていますが、小売、宿泊、IT関連サービスは比較的に低迷と推移しています。とくに小売と宿泊のセクターは、需要の鈍化とコスト構造の変動が重なり、短期の利益確保が重要な課題となっています。

一方で、金融・保険分野は収益性見通しが比較的高く、外部環境の変動に対する耐性が強く表れています。ただし、収益性が他セクターより高いとはいえ、コスト上昇の影響は無視できず、長期的には効率化施策が求められる構造に変わりありません。

企業は自社のセクター固有の課題と、全体的な経済環境の両方を踏まえた戦略設計が必要であり、特に需要変動が大きい産業では柔軟な運営モデルが求められます。

コスト上昇の主要要因:人件費・賃料・物流

今回の調査では、コスト上昇の主因として、人件費、賃料、物流コストが中心に挙げられています。

賃料の上昇は中小企業にとって大きな負担になっており、特に都市部・商業地域で事業を展開する企業では、賃貸契約の更新時に大幅なコスト増加に直面するケースが目立ちます。また、物流コストも上昇傾向が続いており、グローバル供給網の変動が直接的に事業運営へ影響を及ぼしています。

業種や企業規模によって影響度に差はあるものの、これらのコストは複合的に作用し、全体として利益率の圧迫につながっています。特に原材料価格やユーティリティ費用は企業規模で差が出やすく、SMEはユーティリティ、大企業は原材料コストの変動に敏感な傾向があります。

企業が既に取ったコスト対応策

出典:

企業はコスト上昇に対応するため、複数の対策を実施しています。主な施策としては、コスト削減(51%)、価格引き上げ(36%)、在庫管理の最適化、仕入条件の見直しなどが挙げられています。

特にコスト削減は最も多く採用されており、事務所スペースの縮小、業務プロセスの見直し、設備投資の延期などが背景にあります。また、製品やサービスの価格引き上げも一定の割合で行われていますが、顧客の需要弾力性によっては売上への影響も考慮する必要があります。

在庫戦略の見直しや調達先の分散化は、中期的に効果を発揮しやすい施策として重要視されます。特に物流やサプライチェーンの変動リスクを軽減するためには、供給先の再評価や契約条件の更新が有効です。

人材・採用、デジタル化、海外展開における施策

出典:

人材・採用の動向:給与調整と雇用維持が中心
企業の多くは、今後12か月にわたって従業員の給与を引き上げる意向を示しています。これは人材維持や離職対策の一環であり、採用市場における競争の激化も背景にあります。

研修や教育の優先度は前年と比べて低下しているものの、長期的にはスキル投資が競争力を大きく左右するため、企業は費用対効果の高いトレーニング施策を検討することが求められます。企業は既存従業員のスキル向上や業務再設計によって生産性を向上させる必要性が引き続き高まっていく見込みです。

デジタル化・海外展開と組織変革への意欲
一方、企業の多くがデジタル化を継続的に推進する意向を示しています。具体的には、業務プロセスの自動化、デジタルツールの導入、オンライン販売チャネルの強化などが最優先の項目です。

海外展開についても関心が高く、新たな市場への進出や国際パートナーシップの模索が進められています。ただし、投資額は慎重に見定められており、段階的なアプローチが採用される傾向があります。

組織面では、従業員配置の再設計や業務再構築が検討されており、これらは生産性とコスト効率の双方を改善するための施策として位置付けられています。

企業の優先事項:成長とキャッシュフロー、コスト管理

出典:

企業が今後12か月で重視する優先事項として、成長(売上拡大)、キャッシュフローの安定、コスト削減が上位を占めています。

売上成長に向けては、新市場の開拓、製品・サービスの刷新、営業チャネルの再構築などが挙げられます。特に海外市場への展開に関心が高まっており、企業は新規地域での試験的な参入や限定的な投資を進めています。

一方、キャッシュフロー確保は不確実性が高い環境下で不可欠であり、企業は資金繰りの安定化や運転資本管理の強化を進めています。コスト削減と併せてこれらの施策は短期的な収益確保に直結するため、多くの企業が優先順位を高めています。

サイバーセキュリティの重要性と中小企業の脆弱性

出典:

サイバーセキュリティとデータプライバシーは、企業の主要課題の上位に浮上しています。特に中小企業では、サイバー攻撃への備えが十分でないケースが多く、インシデント発生時の事業継続性リスクが懸念されています。

インフラが限られる企業でも取り組める施策としては、バックアップの定期化、アクセス権限管理、従業員へのフィッシング対策教育などがあります。また、必要に応じてサイバー保険の活用や、SaaS型セキュリティサービスの導入も検討すべきです。

企業規模にかかわらず、デジタル化の進展とともにこうしたリスクは高まるため、最低限の体制整備は競争力の維持にもつながります。

政府施策への期待:Budget 2026に求められる支援領域

企業はBudget 2026に対して、コスト支援、人材育成支援、キャッシュフロー支援を最優先で求めています。特に中小企業では、日々の運転資金や業務継続に直結する支援ニーズが強く表れています。

また、デジタル技術の導入支援や海外進出支援といった、中長期の競争力強化に資する施策への期待も高く、企業は政策を活用しながら自社の強化を図りたいという意向を示しています。

まとめ

今回の調査が示すように、多くの企業がコスト上昇や需要の不透明さ、人材確保の難しさと向き合いながら、日々の運営と将来の方向性を慎重に見極めています。こうした環境は決して容易なものではありませんが、その一方で、自社の体質を改めて見つめ直し、より持続的な成長の形を探るきっかけにもなっています。

まずは、目の前のオペレーションや費用構造のどこに改善の余地があるのか、無理のない範囲で整理し、小さくても確実な前進につなげることが大切です。また、デジタル化やスキル育成など、将来の強みとなる領域への取り組みは、急がずとも着実に積み重ねていくことで確かな効果が期待できます。市場環境が揺らぐ今だからこそ、新しい販路の模索や海外市場での小規模テストといった、負担の少ない挑戦にも価値が生まれます。

今回の調査結果は「今すぐ大きな変革を迫る」ものではなく、むしろ企業が自分たちのペースで次の成長の選択肢を広げていくためのヒントを与えてくれる内容だといえます。不確実な時期であっても、丁寧に一歩ずつ進めていくことで、新しい機会や強みが自然と育っていくでしょう。

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参考:
1)SBF RESEARCH & REPORTS. (n.d.). SBF. https://www.sbf.org.sg/what-we-do/advocacy-policy/sbf-research-reports