香港雇用制度の転換点:「418」から「468」へ―「継続的契約(Continuous Contract)」改正が企業経営に与える影響
働き方の多様化が進む現代において、雇用制度はもはや静的なルールではなく、企業競争力を左右する経営要素の一つとなっています。特に人材の流動性が高い香港では、柔軟な就労形態と労働者保護の両立が長年の課題とされてきました。こうした状況を受け、香港政府は雇用条例(Employment Ordinance)に基づく「継続的契約(Continuous Contract)」制度を見直し、新たに「468ルール」を導入する決定を下しました。
今回の記事では、この制度改正の本質と、企業・雇用主・従業員にとっての実務的な意味合いについて解説します。
背景と政策目的
香港の雇用環境は、近年大きな変化を遂げています。デジタル経済の進展、サービス産業の高度化、そして人材確保をめぐる競争の激化により、フルタイム雇用に加えて、パートタイム、短時間勤務、不定期シフトといった柔軟な就労形態が急速に拡大しています。一方で、こうした働き方は、従来の雇用法制の枠組みでは十分に保護されにくい側面があることも指摘されてきました。
このような背景のもと、香港政府は雇用条例(Employment Ordinance)に基づく「継続的契約(Continuous Contract)」制度の見直しを進め、従来の「418ルール」を改正し、新たに「468ルール」を導入することを決定しました。今回の改正は、特定の雇用形態を優遇するものではなく、実際の労働実態に即した形で法定福利の適用範囲を再定義することを目的としています。
企業にとっては、労務管理やコスト構造に影響を与える重要な制度改正であり、従業員にとっても、自身の権利がどのように変わるのかを正しく理解する必要があります。
「継続的契約」制度の基本概念
「継続的契約(Continuous Contract)」とは、雇用条例上で定義される概念であり、一定の条件を満たす労働者に対して、法定の雇用保護および福利を適用するための基準となります。この契約形態に該当するか否かによって、労働者が享受できる権利の範囲は大きく異なります。
「継続的契約」に該当する労働者には、主に以下のような法定福利が適用されます。
- 法定休日(Statutory Holidays
- 年次有給休暇(Paid Annual Leave)
- 傷病手当(Sickness Allowance)
- 産前産後休業・育児休暇(Maternity Leave / Paternity Leave
- 解雇補償金・長期服務金(Severance Payment / Long Service Payment)
そのため、「継続的契約」の判断基準は、企業の人件費、労務リスク、そして人材戦略に直接的な影響を及ぼします。
現行制度:418ルールの仕組みと課題
改正前の「継続的契約」の判断基準は、いわゆる「418ルール」として広く知られてきました。このルールでは、以下の2つの条件を同時に満たす必要があります。
- 同一雇用主のもとで4週間以上継続して雇用されていること
- 各週において18時間以上の労働を行っていること
一見すると明確で分かりやすい基準ですが、実務上はいくつかの課題が指摘されてきました。特に問題となったのは、「各週18時間以上」という要件です。
サービス業や小売業、飲食業などでは、需要変動に応じてシフトが組まれることが一般的であり、ある週は20時間勤務であっても、別の週は15時間にとどまるケースも少なくありません。このような場合、実質的には継続して雇用されていても、制度上は「継続的契約」と認められず、法定福利の対象外となることがありました。
結果として、労働者の就労実態と法制度との間に乖離が生じ、雇用の安定性や公平性に対する懸念が高まっていました。
新制度:468ルールの内容と判定方法
こうした課題を踏まえ、2026年1月18日から新たに導入されるのが「468ルール」です。改正後の「継続的契約」は、以下のいずれかの条件を満たす場合に成立すると定義されます。
- 同一雇用主のもとで4週間以上継続して雇用され、各週で17時間以上労働していること
- 同一雇用主のもとで、4週間の合計労働時間が68時間以上であること
最大の変更点は、週単位ではなく「4週間の合計労働時間」による判定が認められた点です。これにより、週ごとの労働時間にばらつきがある場合でも、一定の就労実態があれば「継続的契約」と認定される可能性が高まります。
また、従来の18時間から17時間へと基準が引き下げられた点も、制度の柔軟性を高める要素の一つです。
418ルールと468ルールの比較
418ルールと468ルールを比較すると、制度の考え方そのものが変化していることが分かります。従来は「各週の最低労働時間」が重視されていましたが、新制度では「一定期間における実質的な労働量」が評価対象となります。
この変更により、企業が意図的にシフトを分断して「継続的契約」の成立を回避することは難しくなり、労働者保護の観点がより強化された制度設計となっています。
一方で、企業側には、より綿密な労働時間管理と制度理解が求められるようになります。
企業への影響①:労務管理とコスト構造
468ルールの導入は、企業の労務管理体制に直接的な影響を与えます。特に、パートタイムやカジュアルワーカーを多数雇用している企業では、従業員ごとの累積労働時間を正確に把握する必要があります。
「継続的契約」に該当する従業員が増加すれば、有給休暇や疾病手当などの法定福利に伴うコストも増加します。そのため、単純に人件費が上昇するリスクだけでなく、シフト設計や人員配置の最適化が経営課題として浮上します。
企業への影響②:契約管理とコンプライアンス
制度改正に伴い、雇用契約書や社内規程の見直しも不可欠です。「継続的契約」の成立要件を誤って理解したまま運用を続けると、意図せず法令違反となるリスクがあります。
また、労働者から自身の権利について問い合わせや異議申し立てが行われるケースも想定されるため、HR部門や管理職には、制度内容を正確に説明できる体制整備が求められます。
従業員への影響と留意点
従業員の立場から見ると、468ルールは法定福利へのアクセスを広げるポジティブな改正といえます。特に、これまで「継続的契約」に該当しなかった短時間勤務者にとっては、雇用の安定性が高まる可能性があります。
一方で、自身の労働時間や契約条件を正確に把握しなければ、権利を十分に行使できない点には注意が必要です。労働者自身も、雇用契約内容や勤務記録を適切に管理する意識が重要になります。
実務上の対応策、将来展望と企業戦略への示唆
468ルールへの対応として、企業は以下のような実務対応を検討することが望ましいと考えられます。
- 労働時間管理システムの導入・更新
- HRおよび管理職向けの制度研修
- 雇用契約書および社内規程の定期的なレビュー
- 法務・労務専門家との連携強化
これらの取り組みは、単なる法令遵守にとどまらず、従業員との信頼関係構築や企業ブランドの向上にも寄与します。
468ルールは、香港における雇用法制が「形式」から「実態」へと重心を移しつつあることを象徴する改正です。今後も、労働市場の変化に応じて、さらなる制度見直しが行われる可能性は十分に考えられます。
企業にとって重要なのは、短期的なコスト増加だけに注目するのではなく、中長期的な人材戦略の一環として制度改正を捉えることです。柔軟で透明性の高い労務管理体制を構築することが、持続的な競争力の源泉となります。
まとめ
468ルールの導入は、香港における雇用法制が、形式的な勤務条件から実際の就労実態を重視する方向へと明確に舵を切ったことを示しています。企業にとっては、これまで以上に労働時間の把握や契約管理の正確性が求められる一方、制度を正しく理解し対応することで、労務トラブルの予防やコンプライアンス体制の強化につなげることが可能となります。単なる法令対応にとどまらず、雇用の透明性や公平性を高めることは、従業員からの信頼獲得にも直結します。
また、この制度改正は、企業が人材戦略を再考する契機ともなり得ます。柔軟な働き方を前提としながらも、安定した雇用関係を構築できる企業は、労働市場において選ばれる存在となるでしょう。468ルールへの対応を通じて、業務設計や人員配置、HRオペレーションを見直すことは、結果として生産性向上や企業ブランドの強化につながります。変化する制度環境を的確に捉え、先手を打って対応できる企業こそが、今後の香港ビジネスにおいて持続的な競争優位を確立していくと考えられます。
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MAYプランニングでは、468ルール対応に向けた労務・人事制度診断に関するアドバイスを行っています。また、労働時間管理プロセスおよびシステム導入・最適化、雇用契約書、就業規則、社内ポリシーのレビューおよび改定などについてのサポートも提供しております。
参考:
1)Education Tool on New “Continuous Contract” Requirement. (n.d.). Labour Relations Division of the Labour Department. https://www.lr.labour.gov.hk/web/en/Continuous_Contract_EduTool.html
2)【拆解418至468連續性合約改動】僱主部署及分析. (2024, June 19). INFO-TECH. https://www.info-tech.com.hk/blog/cn/consecutive-contracts-418-468/
3)What Is Continuous Contract ? What Is the New Requirement (“468 Rule”) Which Will Take Effect from 18 Jan 2026? (n.d.). 1823.Gov.Hk. https://www.1823.gov.hk/en/faq/about-eo-continuous-contract
4)乘客 阿德. (2025, September 18). 工作時數規例:了解「418」與「468」對僱主和僱員的影響. TaxStation. https://www.taxstation.hk/post/%E5%B7%A5%E4%BD%9C%E6%99%82%E6%95%B8%E6%96%B0%E8%A6%8F%EF%BC%9A%E4%BA%86%E8%A7%A3%E3%80%8C418%E3%80%8D%E6%94%B9%E3%80%8C468%E3%80%8D%E5%B0%8D%E5%83%B1%E4%B8%BB%E5%92%8C%E5%83%B1%E5%93%A1%E7%9A%84%E5%BD%B1%E9%9F%BF

