ASEANデジタル経済の拡大が、企業の成長戦略をどう変えるのか
東南アジア(ASEAN)は、世界の中でも特に高い成長率を示すデジタル経済圏として、企業経営の視点からも存在感を増しています。E-コマース、デジタル決済、フードデリバリーといった分野を中心に、市場規模は急速に拡大し、各国政府もデジタル化を国家成長戦略の中核に据えています。
一方で、日系企業を含む多くの企業にとって、ASEANにおけるデジタル投資は「導入は進んでいるが、成果が見えにくい」という課題を抱えがちです。市場の成長性を前に、どの国で、どのような形で、どこまで踏み込むべきか、経営判断がより重要になっています。
今回の記事では、ASEANデジタル経済の最新動向を整理したうえで、企業がこの成長市場をどのように経営戦略へ組み込むべきかについて考察します。
ASEANデジタル経済を支える成長構造
Google、Temasek、Bain & Companyが共同で発表している年次レポート「e-Conomy SEA」によれば、ASEANのデジタル経済成長を牽引している主な分野は、E-コマース、デジタル決済、フードデリバリーの三分野です。これらはいずれも、単体のITサービスではなく、生活インフラとしての役割を担うまでに成熟しつつあります。
E-コマース分野は、ASEANデジタル経済全体の中で最も大きな市場規模を占めており、都市部だけでなく地方部にも利用が広がっています。物流網の高度化やラストワンマイル配送の改善により、オンライン購買は一部の層に限定された行動ではなくなりました。
また、デジタル決済の成長は、他分野の拡大を支える基盤として機能しています。銀行口座を持たない層でも利用可能なモバイル決済やQR決済の普及により、キャッシュレス化が一気に進みました。この点は、クレジットカードを起点に発展してきた日本や欧米市場とは大きく異なる特徴です。
企業にとって重要なのは、これらの分野が相互に連動し、データを軸としたエコシステムを形成しているという点です。単なるオンライン販売や業務効率化にとどまらず、顧客データ、決済情報、物流情報を統合的に活用できるかどうかが、競争力の分かれ目となります。
市場規模と成長率から見るASEANの位置付け
ASEANのデジタル経済は、過去数年間にわたり年率20%前後の高成長を維持してきました。この成長率は、世界平均を大きく上回る水準であり、成熟市場では見られにくいスピードです。市場規模そのものも拡大していますが、より重要なのは「成長の持続性」と「分野横断的な広がり」です。
多くの企業がASEANを「将来的市場」として捉えがちですが、実際にはすでに一定の規模を持つ実需市場であり、同時に新たなビジネスモデルを試す実験場としての性格も併せ持っています。この二面性こそが、ASEANを難しく、同時に魅力的な市場にしている要因と言えるでしょう。
日系企業のDX導入状況と見えてきた課題
日本貿易振興機構(JETRO)が実施した2025年度調査によれば、ASEANに進出する日系企業の約52.1%が、すでに何らかのデジタル技術を導入しています。この数字だけを見ると、ASEANにおけるDXは着実に進展しているように見えます。
しかし、同調査を詳細に見ると、「デジタル導入が事業成長に貢献している」と明確に評価できている企業は限定的です。多くの場合、DXは業務効率化やコスト削減の文脈で語られ、売上拡大や事業モデル転換との結び付きが弱い傾向があります。
背景には、国ごとに異なる法規制やデータ管理ルールへの対応負荷、日本本社と現地拠点の意思決定プロセスの違い、そして現地市場の変化スピードに対する戦略設計の遅れがあります。DXをIT部門主導で進めた結果、現場オペレーションや経営戦略と十分に連動しないケースも少なくありません。
各国政府が進めるデジタル化政策と企業への影響
ASEANは単一市場ではなく、国ごとにデジタル成熟度や制度環境が大きく異なります。この違いを理解せずに一律の戦略を適用すると、期待した成果を得ることは難しくなります。
シンガポールでは、Infocomm Media Development Authority(IMDA)が推進する「SMEs Go Digital」プログラムを通じて、中小企業が業務管理、会計、顧客管理、サイバーセキュリティなどの分野でICTソリューションを導入する際の支援が提供されています。制度の透明性と行政手続きの迅速さから、同国は実証実験やリージョナル統括拠点としての活用が進んでいます。
マレーシアでは、Malaysia Digital Economy Corporation(MDEC)が「Digital Xport」などの施策を通じ、企業のデジタル化と海外市場展開を同時に支援しています。国内市場にとどまらず、ASEAN域内やグローバル市場を見据えたDXを後押しする点が特徴です。
タイでは、「Thailand 4.0」政策の下、Digital Economy Promotion Agency(DEPA)がDX関連投資に対する補助金や税制優遇を提供しています。特に製造業を中心とした既存産業の高度化を重視しており、現地生産拠点を持つ企業にとっては競争力強化につながる施策となっています。
経営判断における分岐点としてのASEAN DX
ASEAN市場を巡る企業の対応は、「様子見」と「段階的に着手」に分かれつつあります。市場の不確実性や制度差を理由に判断を先送りするケースもありますが、デジタル経済の成長スピードを踏まえると、何もしないこと自体がリスクとなる可能性も否定できません。
一方で、最初から大規模投資を行う必要はなく、小規模な実証から始め、成果を検証しながら展開範囲を広げるアプローチが現実的です。特にシンガポールを起点としたリージョナル設計は、制度面の安定性と他国展開の柔軟性を両立しやすい選択肢といえます。
ASEANでDXを成長につなげている企業に共通するのは、DXを現地任せにせず、本社戦略と明確に連動させている点です。単国ごとの最適化ではなく、リージョナル全体での役割分担やデータ活用を前提に設計することで、ASEAN拠点は単なる海外拠点から成長エンジンへと進化します。
まとめ
ASEANのデジタル経済は、すでに無視できない規模とスピードで拡大しています。重要なのは、市場の大きさそのものではなく、どのように経営戦略と結び付けるかです。デジタル化を単なるコストや業務改善策として扱うのではなく、中長期的な成長を支える経営テーマとして位置付けることが、今後の競争力を左右します。
各国の政策や支援制度を正しく理解し、自社の事業フェーズに合わせて活用できれば、ASEANは次の成長を生み出す重要な拠点となるでしょう。
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MAYプランニングでは、ASEANデジタル経済市場に関する市場調査・成長性分析、ASEAN拠点を活用したリージョナル統括・事業再設計に関するアドバイスを行っています。また、各国(シンガポール、マレーシア、タイ等)のDX政策・補助金制度の整理および活用、ASEAN進出企業向けのDX戦略・ロードマップ策定などについてのサポートも提供しております。
参考:
1)From Digital Decade to AI Reality: Accelerating the Future in ASEAN. (n.d.). Google E-Conomy SEA. https://economysea.withgoogle.com/
2)2025年度 海外日资企业实况调查|亚洲、大洋洲篇. (2025, November 26). JETRO. https://www.jetro.go.jp/ext_images/china/2025asia.pdf
3)SMEs Go Digital. (n.d.). Infocomm Media Development Authority. https://www.imda.gov.sg/how-we-can-help/smes-go-digital
4)(N.d.). Malaysia Digital Economy Corporation. https://www.mdec.my/
5)(N.d.). Depa Thailand. https://www.depa.or.th/en/home
6)Digital: Development News, Research, Data. (n.d.). World Bank Group. https://www.worldbank.org/en/topic/digital

