解雇補償金・長期服務金へのMPF相殺廃止!企業が知っておくべき情報
強制性公積金(MPF)という積立金制度が2000年に実施されて以来、「MPF相殺」の仕組みは長く利用されています。「相殺」とは、香港法人が従業員に解雇補償金・長期服務金を支払う場合、MPFのAccrued Benefit(退職給付引当金)の会社負担分で充当することが、法律上許容されています。
積金管理局(MPFA)が発表した「強制性公積金計画統計摘要(Issue of the Mandatory Provident Fund Schemes Statistical Digest)」レポートによると、解雇補償金と長期服務金に充当されたMPF資金の総額は、2021年度だけで66億香港ドル(約1141.7億円)になります。
MPF相殺の仕組みが実施されて以来、従業員への搾取ではないかと批判されていますが、従業員側と企業側の間の合意には至っていませんでした。相殺の実施が22年目になり、香港立法会は2022年6月9日にMPF相殺廃止についての法案を通過させました。
MPF相殺の廃止で企業の負担増加が予想され、今後の資金運用調整のために企業が知っておくべき情報を今回のブログでご紹介します。
解雇補償金・長期服務金とは?
香港の雇用条例によると、下記の条件に合致する場合、従業員は解雇補償金または長期服務金のどちらかを受給する権利があります:
解雇補償金:
継続的契約(※)での雇用期間が24ヶ月以上であり、かつ下記の条件のいずれに合致:
・余剰人員整理を理由として解雇されたこと
・定められた雇用契約期間の満了後、余剰人員整理を理由として更新されなかったこと
・業務停止で解雇相当事由があったこと
長期服務金:
継続的契約(※)での雇用期間が5年以上であり、かつ下記の条件のいずれに合致:
・重大な不当行為または余剰人員整理以外の理由で解雇されたこと
・定められた雇用契約が期間満了後、更新されなかったこと
・従業員が在職期間内に死亡したこと
・名簿に登録された医者・漢方医が恒久的に契約上の業務を遂行できないと判断された証明書(LD424(S))を従業員が提示、健康上の理由で自己都合退職したこと
・65歳以上の従業員が高齢を理由に自己都合退職したこと
※継続的契約の定義についてはこちらの記事をご参照ください
注意すべきなのは、解雇日の7日以上前(解雇補償金の場合のみ)、または定められた雇用期間の満了日の7日以上前に、雇い主が書面により「雇用契約の更新」、または「新しい雇用契約での再雇用」を申し込んだにも関わらず、従業員が不合理な理由で拒否した場合、従業員は解雇補償金と長期服務金の受給権利を失ってしまいます。
解雇補償金・長期服務金の計算方法
解雇補償金及び長期服務金の計算方法は以下の通りとなります:
月給制の場合:
(最終の月額賃金(#1)×2/3)(#2)×算定可能な勤続年数
日給制・出来高払いの場合:
直前30日のうち従業員が選択した通常の就労日18日間の合計賃金(#1・#2)×算定可能な勤続年数
*解雇補償金・長期服務金の最大金額は39万香港ドルとなります
*算定可能な勤続年数が1年未満の場合は按分計算されます
#1:従業員はこの金額の計算のために雇用契約終了の直前12ヶ月の月額平均賃金を選択できます。解除予告手当による雇用契約解除の場合は、従業員は解除予告手当の計算に含まれる最終日の直前12ヶ月の月額平均賃金を選択できる。
#2:当該金額の上限は22,500香港ドルの3分の2(=15,000香港ドル)となります
現在の「MPF相殺」の仕組み
MPF相殺廃止案が通過されたとはいえ、実施されるまでの間は現在の仕組みを使い続けなければなりません。現在の仕組みは以下の通りです。
「相殺」の仕組みで、香港法人は従業員に解雇補償金・長期服務金を支払うために、MPF会社にAccrued Benefit(退職給付引当金)での雇い主負担分の受取を申し込むことができます。Accrued Benefitとは、雇い主が毎月従業員の基本給、諸手当などの総支給額の5%(上限1,500香港ドル)をMPFの口座に入金し、MPF会社の投資運用によって左右されている金額です。投資状況によっては運用利益がマイナスになるケースもあるので、事前に計算しておくことが難しいです。
雇い主負担分のAccrued Benefitが解雇補償金・長期服務金より多い場合、解雇補償金・長期服務金が相殺され、雇い主は追加払いする必要がありません。逆に雇い主負担分のAccrued Benefitの方が少ない場合、雇い主はその差額を追い払わなければなりません。
下記の2つの例を見ていきましょう:
1. 雇い主負担分のAccrued Benefitが解雇補償金・長期服務金より多い場合:
解雇補償金・長期服務金の金額 30,000香港ドル
雇い主負担分のAccrued Benefitの金額 50,000香港ドル
MPF相殺可能な金額 30,000香港ドル
雇い主が追加払いする差額 0香港ドル
相殺後MPF口座での残額 20,000香港ドル
2. 雇い主負担分のAccrued Benefitが解雇補償金・長期服務金より少ない場合:
解雇補償金・長期服務金の金額 30,000香港ドル
雇い主負担分のAccrued Benefitの金額 20,000香港ドル
MPF相殺可能な金額 20,000香港ドル
雇い主が追加払いする差額 10,000香港ドル
相殺後MPF口座での残額 0香港ドル
MPF相殺が廃止された後
MPF相殺廃止実施日(現在未定)より、MPF雇い主負担分のAccrued Benefitで解雇補償金・長期服務金を充当することはできなくなりますが、実施の遡りはできないので、実施日前の部分は現在のMPF相殺仕組みで計算することができます。
例えば、最終の月額賃金が15,000香港ドルで勤続年数が5年の従業員Aが、MPF相殺廃止実施日の1年後に余剰人員整理で解雇される場合、その解雇補償金とMPFの計算は2つの部分に分けて計算します:
最初の4年分:
解雇補償金の金額 40,000香港ドル
雇い主負担分のAccrued Benefitの金額 36,000香港ドル(全額相殺)
雇い主が追加払いする差額 4,000香港ドル
相殺後MPF口座での残額 0香港ドル
最後の1年分:
解雇補償金の金額 10,000香港ドル
雇い主負担分のAccrued Benefitの金額 9,000香港ドル
雇い主が払う金額 10,000香港ドル(^)
相殺後MPF口座での残額 9,000香港ドル
^香港政府は329億香港ドルで25年の補助期間で解雇補償金・長期服務金の一部の金額を補助する予定で、企業の負担金額は下記の立法会資料の19ページ目をにご参照ください:
https://www.legco.gov.hk/yr2022/english/panels/mp/papers/mp20220204cb2-39-1-e.pdf
注意すべきなのは、雇い主が自発的追加負担分のMPFや従業員の勤続年数に応じた退職金(Gratuity)がある場合、今回の相殺廃止案に影響されなく、引き続き解雇補償金・長期服務金に充当することができます。
現時点で、MPF相殺廃止の実施は早くて2025年を予定しており、企業に解雇補償金・長期服務金の支払いに備えさせるために専門口座の新設が必要なのですが、詳細はまだ発表されていません。最新情報が発表され次第、続報いたします。
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