グローバル労働市場の人事制度における日本企業の適応方法

現代の経済環境と労働市場の急激な変化により、多くの企業が人材確保の困難さに直面しています。特に伝統的な人事制度を採用している日系企業では、報酬水準や昇進機会の制限といった課題が顕在化しています。

今回の記事では、企業が直面する具体的な問題と、それらを解決するための人事制度の見直し、さらに人事制度における香港とシンガポールへ進出する際の注意点について詳しく考察していきます。

「メンバーシップ型雇用」と「ジョブ型雇用」

本題に入る前に、まずは「メンバーシップ型」と「ジョブ型」という世界中主な2つの雇用形態についてご紹介します。

メンバーシップ型ジョブ型
基本原理個人に対する仕事の割り当て
・社員が企業の一員として働くことを重視
・社員は特定の職務ではなく、企業全体のために働くことが求められる
職務に基づく人材の採用と配置
・特定のスキルや専門性に基づいた採用
・各ポジションに対して明確な職務内容と責任が定められている
主に採用している企業日本企業欧米企業、最近では日本企業にも注目されている
雇用保障高い低い
人材の流動性低い高い
主な採用プロセス定期採用(例:新卒一括採用)中途採用(例:欠員補充、新規ポジション採用)
等級制度職能資格制度職務等級制度
配置転換定期的なローテーション、企業主導の異動オープンポジションに基づく、個人の意向を重視した異動
昇進・昇格基準勤続年数・年齢を重視実績や職務遂行能力を重視
降級・降格殆ど行われない成果に基づく再評価が行われる
賃金の根拠内部基準、年功序列に基づく昇給市場基準、職務に基づく報酬体系
育成社内教育、職場内訓練、年次に基づく教育プログラム職務に応じた社内外の教育、専門性の向上を重視
メリット・長期的な雇用安定性で、社員の安心感を高める
・チームワークの醸成がしやすい
・ゼネラリストを育成しやすい
・スペシャリストを育成しやすい
・市場環境変化への迅速な対応が可能
・公平性と透明性のある評価
デメリット・人材の柔軟性に欠け、市場の環境変化への適応が遅れる可能性があり
・昇進スピードが遅い
・人件費の高騰が懸念される
・ジェネラリストを育てにくい
・柔軟な人材配置が難しく、企業の一体感が薄れる可能性があり
・短期的視野に陥りがち

メンバーシップ型とジョブ型にはそれぞれ独自の利点と課題があり、企業のビジョンや業務の性質によって適切な制度を選択することが重要です。

現在の労働市場における日系企業特有の課題

パーソル総合研究所が2021年に発表した「ジョブ型人事制度の実態に関する調査結果」注1によると、18%の日本企業はすでにジョブ型雇用を導入しており、導入を検討している企業の割合は39.6%、両者合計では57.6%と約半数となっています。

グローバル化が進んでいる中、ジョブ型の雇用が主流になりつつあり、メンバーシップ型の雇用を採用している日本企業は下記の課題に直面する可能性があります:

労働市場の報酬水準の上昇
労働市場では報酬水準が大幅に上昇しており、予算内での欠員補充が難しくなっています。特に優秀な人材の確保は困難で、既存の社員も転職のリスクが高まっており、日系企業が市場競争に勝つためには報酬体系の見直しが不可欠です。

昇格機会の制限
長期勤務の管理職がポジションを占めているため、昇格の機会が限られてしまう可能性があります。この課題は特に組織規模が小さい企業では深刻です。これにより、優秀な人材が昇進の機会を求めて転職を考えるリスクが高まり、組織全体のモチベーションに悪影響を及ぼします。

昇給交渉の困難
社員から昇給の交渉がある際に、評価基準が曖昧なため説明に困ります。大幅な昇給ができない場合、社員の離職リスクが高まります。特に評価基準が不透明な場合、社員の不満が蓄積しやすくなります。

勤続長期社員の報酬
勤続が長い社員の報酬が働きぶりに対して高すぎる場合、報酬配分の見直しが必要です。適切な報酬を維持しなければ、人材確保は困難です。特に長期勤続者の報酬が高すぎる場合、新規採用の予算が圧迫されることもあります。

香港とシンガポールの労働市場の特性

メンバーシップ型雇用を採用している企業はもちろん、ジョブ型雇用を導入し始めている企業にとっても、アジアの中でも特に国際的で競争力のある労働市場を持つ香港とシンガポールに進出する際には、下記の特徴や挑戦を感じるかもしれません:

ダイバーシティの重視
香港とシンガポールは、多様な文化や背景を持つ労働力が集まる国際都市です。このため、多様性を重視した採用戦略が求められます。日本企業は、多様な人材を受け入れるための柔軟な制度設計が必要とされます。ジョブ型雇用の導入は、専門性を重視し、多様なスキルセットを持つ人材を確保するのに有効です。

高い人材の流動性
両地域は、高度に流動的な労働市場を有しており、優秀な人材は常に新しい挑戦を求めて移動する傾向があります。このため、日本企業は人材の定着を図るための効果的な報酬体系やキャリアパスを構築する必要があります。特に、外部競争力を意識した職務等級制度の採用は、給与面での競争力を高める一方、透明性のある評価基準を提供することができます。

成果重視の文化
香港とシンガポールの労働市場では、成果主義が強調されます。企業は実績に基づいた昇進や報酬の仕組みを整える必要があります。ジョブ型雇用の導入により、職務に応じた目標管理が容易になり、公平な評価制度を構築することができます。これにより、従業員のモチベーションを高め、企業の生産性を向上させることが可能です。

人材育成とスキルアップ
香港とシンガポールでは、人材育成とスキルアップが重要視されています。特に、デジタルスキルや国際ビジネスに関する知識が求められます。日本企業は、従業員のスキルアップを促進するための研修プログラムやキャリア開発の機会を提供することで、競争力を維持することができます。

法規制と労働環境
香港とシンガポールでは、労働法規や労働環境に関する規制が異なるため、日本企業は現地の法規制に精通し、適切な人事政策を策定する必要があります。これには、労働時間、雇用契約、福利厚生などの要素が含まれます。法規制の順守は、企業の信用と評判を維持するために不可欠です。

日本企業の適応戦略、人事制度の見直し

企業の経営資源は様々な資産で構成されていますが、中にも特に人的資本管理(HRM)は組織において最も価値のある資産であり、戦略的かつ一貫性を持って管理する必要があります。競争力が比較的に高いジョブ型雇用を導入する際に、考慮すべき方向がいくつかあります:

多様性の受け入れ
文化的背景の異なる多様な人材を積極的に採用することにより、多様な視点を活用したイノベーションが可能となります。また、専門性の高い人材や多様なスキルを持つ人材を採用できる可能性が高まり、創造性とイノベーションを促進できます。

報酬競争力の向上
優秀な人材の流出を防ぐため、内部公平性と外部競争力を兼ね備えた報酬体系を構築し、人材の定着を図ります。例えば、職務給を導入し、職務の重要性に応じた報酬を設定することが有効です。

キャリアパスの明確化
昇進やスキルアップの機会を明示し、社員のモチベーションを維持する施策が必要です。

成果に基づく評価制度
職務の遂行能力に応じて昇格させる透明性のある評価制度を導入し、公平な報酬と昇進を行うことにより、社員のパフォーマンスを最大化します。

目標管理の強化
各職務に明確な目標を設定し、その達成度を基に評価を行うことで、企業全体の生産性を向上させます。

研修プログラムの充実
デジタルスキルや国際ビジネスなどの知識を向上させるための研修プログラムを提供し、社員の成長意欲を高め、企業の競争力を維持します。例えば、Amazonはリスキリングプログラムを通じて、社員のスキルアップを支援しています。注2

キャリア開発の支援
長期的なキャリア開発の機会を提供することで、社員のロイヤルティを高めます。

柔軟な労働環境の提供
リモートワークやフレックスタイムなど、柔軟な働き方を導入することで、社員のワークライフバランスを支援します。働きやすい環境を整えることで、社員の満足度を向上させます。例えば、GoogleやMicrosoftなどの企業は、リモートワークを積極的に推進し、社員の生産性向上と離職率低減を実現しています。注3

まとめ

香港とシンガポールへの進出、またはジョブ型雇用に移行するには、日本企業がより柔軟なアプローチを採用する必要があります。メンバーシップ型とジョブ型両方の雇用制度の利点を統合することで、日本企業は多様な人材を引き付け、競争力を高め、従業員満足度を向上させることができます。多様性の強化、報酬構造の改善、成果とイノベーションを促進する文化の推進などの戦略を実施することで、日本企業は海外市場での長期的な成功を目指すことができます。グローバル経済に適応し続ける中で、これらの雇用形態を理解し、適用することが、世界中の競争力のある市場で繁栄する鍵となります。

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MAYプランニングでは、香港企業における採用戦略の見直しに関するアドバイスを行っています。また、研修プログラムの提案、新しい雇用制度の導入や働き方の柔軟化などについてのサポートも提供しております。

参考:
1)「パーソル総合研究所、ジョブ型人事制度の実態に関する調査結果を発表 ジョブ型人事制度である企業の割合は18%、導入検討は39.6%」, パーソル総合研究所, https://rc.persol-group.co.jp/news/202106251200.html
2)「AWS、クラウドスキルの習得やキャリア開発のための3つの無料トレーニングプログラムを開始」, AWS, https://aws.amazon.com/jp/blogs/news/new-free-aws-training-programs/
3)「リモート ワークから、ハイブリッド ワークへ」, Microsoft for bussiness, https://www.microsoft.com/ja-jp/biz/wsi/?msockid=2d5492f71428682b1a2481c115f1698f