シンガポールの事例から見た、柔軟な勤務形態（FWA）が企業と従業員にもたらす効果

シンガポールで柔軟な勤務形態（FWA）の導入が進む中、企業と従業員にどのような効果が期待できるのかをご紹介します。働きやすい環境作りが、企業の競争力向上と従業員の満足度向上にどのように貢献するのか、詳細な分析をお届けします。

FWAの社会的・経済的効果

シンガポールにおける柔軟な勤務形態（Flexible Work Arrangements、FWA）の普及は、働く親や介護責任を持つ人々にとって特に重要な役割を果たしています。政府のホワイトペーパーによると、コロナ禍を経て、リモートワークの利点が明らかになり、FWAがより多くの企業に採用されるようになりました。この変化により、企業は優秀な人材を引きつけ、保持する手段として柔軟な勤務形態をますます重要視するようになっています。特に、FWAは女性の労働市場への参加を促進し、ジェンダー平等の実現に向けた重要な一歩となっています。

従業員が求める具体的な柔軟な勤務形態としては、在宅勤務やフレックスタイム制度が挙げられ、特に週の特定の日に在宅勤務を希望するケースが増えています。FWAを必要とする従業員（25歳～64歳）のうち、9割は必要とする勤務形態を利用できるようになり、2014年の6割から増加した。

FWAに対する意見と懸念

若い世代の労働者たちは、このガイドラインに対して賛否両論の意見を持っています。彼らの主な懸念は、ガイドラインに法的拘束力がないため、FWAの導入に消極的な雇用主がガイドラインを無視する可能性があることです。特に、従業員がFWAを要求することが昇進やキャリアの進展に悪影響を及ぼすのではないかという恐れから、要求することを躊躇うケースも見られます​。一部の従業員は、FWAを求めることが同僚から「怠けている」と見られるのではないかと心配しています。また、職場の文化や上司の姿勢によって、FWAを求めることが難しい場合もあります。これらの懸念は、労働者が柔軟な勤務形態を積極的に求めることを妨げる要因となっています。

例えば、TODAYが2024年4月に発表された記事によると、マーケティングエグゼクティブを務めているMelissa Sta Maria氏は、毎日片道3時間の通勤時間をもっと生産的に使えると信じていて、通勤時間を削減するために在宅勤務を提案しましたが、上司に一蹴され、「馬鹿げた」提案だと批判されました​。同様に、コミュニケーションの専門家であるTang氏も、新しいペットの世話をするために在宅勤務を希望しましたが、雇用主から怠ける意図があると非難されました​。もし当時、従業員が正式にFWAをリクエストできるようにする「フレックス制勤務における三者ガイドライン（Tripartite Guidelines on Flexible Work Arrangement Requests）」が存在していたなら、これらの不和なシナリオは避けられたかもしれないと、Maria氏とTang氏はコメントしました。

一方、ガイドラインがリクエストの結果を規定していないため、「管理職が（リクエストを）承認するかどうかは、個々の従業員の評判によるところも大きい」と、金融業界で働いてるOng氏はコメントしています。「たとえ不合理な理由で拒否されたとしても、（言葉を）うまくひねって合理的に見せかけることができる」とOng氏は付け加えました。教育業界で働いているLu氏は、FWAのリクエストに同僚がどう思うかを恐れて、労働者がためらうかもしれないと述べました。「彼らはそれを当然と思ったり、不公平だと思ったり、あるいは怠けていると考えるかもしれない」と彼女は付け加えました。

柔軟な勤務形態の具体的な導入方法とその効果

職場文化の変革には、経営陣の模範となる行動が重要です。TODAYが2024年4月に発表された記事によると、非営利団体でリサーチ・アシスタント・ディレクターを務めているNatalie Chia氏は、上司やシニア社員が柔軟な勤務形態を実践することで、若い社員も自信を持って要求を提出できるようになります。「自分の上司がFWAを利用したり、ためらわずに育児休暇を取ったりするのを見ると、私もそれを求める自信がつく」と2児の母である彼女は付け加えました。「家庭の責任を真剣に受け止めているので、チームに対しても責任を欠いているとは感じませんでした。」クライアントサービス会社に勤めているのPaul氏は、「どれだけ柔軟な勤務計画やインセンティブがあっても、小学生のように監視されていると感じる罰則的な文化は解消されません。社員は大人として会社の成功に貢献する対等なパートナーであるべきです」と、伝統的な労働環境を持つ企業がFWAを導入する際に解決すべき課題について述べしました。

さらに、企業は従業員が求めるFWAを実現するための具体的なステップを踏む必要があります。例えば、試験的な期間を設けることで、FWAの有効性を示すことができます。また、従業員が仕事から「切断する権利」を持つこと、すなわち勤務時間外の仕事関連のコミュニケーションを避ける権利を認めることも重要です。これにより、従業員はプライベートの時間を確保し、仕事と生活のバランスを取りやすくなります。

人材会社ReeracoenのグループCEOであるKenji Naito氏は、FWAを確保するためには、雇用主とのオープンで建設的な対話を維持することが重要だと述べました。まず、従業員は正式なリクエストの処理プロセスについて雇用主に確認し、透明性と期待の一致を確保する必要があると彼はコメントしました。従業員は「FWAが自分自身と組織の両方にどのような利益をもたらすかを明確に伝え、生産性と従業員の幸福にどのように寄与するかを強調する」ことが重要です、と彼は付け加えました。

人材会社Michael Pageのシンガポール・インドネシア支社所属のマネージングディレクターNilay Khandelwal氏も同様、類似の役職や業界での成功事例を提供し、リクエストの交渉の準備をすることが役立つと述べました。リクエストが拒否された場合でも、雇用主の視点を理解しようとする意志を示し、会話を続けることには価値があります、とKhandelwalさんは言います。拒否の理由を議論することは、雇用主の懸念についての洞察を提供するからです。「従業員は、自分のニーズと雇用主の期待を満たす代替ソリューションがあるかどうか、またそのアレンジメントの実行可能性を示すための試用期間が可能かどうかを尋ねるべきです」と彼は付け加えました。

今後の展望と期待

シンガポール政府は、FWAの採用率をさらに引き上げることを目指しており、職場におけるジェンダー平等を促進し、従業員がより健康的でバランスの取れた働き方を実現するための重要なステップを踏み出しています。ホワイトペーパーによれば、2020年までに従業員の86％が何らかのFWAを定期的に利用できるようになっています 。

FWAの普及には、職場文化の変革が不可欠であり、企業は従業員のニーズを理解し、FWAを実現するための努力を続ける必要があります。従業員もまた、積極的に変化を受け入れ、職場での信頼と協力の文化を育むことが求められています。従業員が積極的にFWAを要求し、経営陣がその要求に応じることで、より持続可能で公平な職場環境が実現されるでしょう。

企業が成功するためには、従業員の心身健康を重視し、FWAを導入することが不可欠です。これは、長期的な労働力の維持と企業の競争力向上にも繋がります。シンガポールは、FWAを取り入れることで、働きやすさと生産性を両立させる模範的な社会を築くことが期待されています。

さらに、FWAの普及は、従業員のモチベーション向上やストレス軽減にも寄与します。従業員が自分のペースで働ける環境を整えることで、創造性や生産性が向上し、企業全体のパフォーマンスが向上します。特に、従業員が家庭と仕事を両立させやすくなることで、長期的なキャリア形成にもプラスの影響を与えるでしょう。

また、FWAは、企業が多様な人材を引きつけ、保持するための重要な手段となります。例えば、障害を持つ人々や高齢者が働きやすい環境を提供することで、労働市場の多様性が増し、企業のイノベーションが促進されます。これにより、企業は競争力を高め、持続可能な成長を実現することができます。

FWAの導入は、企業の社会的責任（CSR）を果たす一環としても重要です。企業が従業員の働きやすさを重視する姿勢を示すことで、社会からの信頼を得ることができます。これにより、企業のブランドイメージが向上し、顧客や投資家からの支持を得やすくなります。

このように、シンガポールにおけるFWAのガイドラインは、単なる働き方の変革に留まらず、社会全体におけるジェンダー平等の実現や、働く人々の生活の質向上に寄与するものです。企業と従業員が協力し合い、FWAを受け入れる文化を築くことが、シンガポールの発展における今後の鍵となるでしょう。

まとめ

シンガポールにおける柔軟な勤務形態（FWA）の普及は、働く人々にとって大きなメリットをもたらしています。企業は優秀な人材を引きつけ、保持するための重要なツールとしてFWAを重視し、従業員の健康と生活の質向上に寄与しています。特に、女性の労働市場への参加を促進し、ジェンダー平等の実現に向けた重要なステップとなっています。

また、職場文化の変革とともに、経営陣の模範的な行動が従業員に自信を与え、柔軟な勤務形態を積極的に求める環境を作り出しています。企業は従業員のニーズに応じた具体的なステップを踏むことで、FWAの有効性を証明し、長期的な労働力の維持と企業の競争力向上を実現しています。

今後もシンガポール政府はFWAの普及を推進し、職場におけるジェンダー平等と従業員の健康的な働き方を実現するための努力を続けていくでしょう。企業と従業員が協力し合い、柔軟な勤務形態を受け入れる文化を築くことが、持続可能で公平な職場環境の実現に繋がるのです。

企業の成功には、従業員の心身の健康を重視し、働きやすい環境を提供することが不可欠です。シンガポールは、FWAを導入することで、働きやすさと生産性を両立させる模範的な社会を築くことが期待されています。この取り組みが、企業全体のパフォーマンス向上と持続可能な成長に大きく寄与するでしょう。

参考：
1）Davina Tham「IN FOCUS: A ‘right to disconnect’ from work – do Singapore employees even want such a law?」, CNA, https://www.channelnewsasia.com/singapore/right-disconnect-work-life-balance-harmony-jobs-careers-4178131
2）Davina Tham「’Singaporeans need to level up’: Companies say flexi-work could push them to hire overseas」, TODAY, https://www.todayonline.com/singapore/singaporeans-need-level-companies-say-flexi-work-could-push-them-hire-overseas-2406286
3）Nasyrah Abdul Rohim、Calvin Yang「Flexible work arrangements increasingly important as more Singaporeans take on caregiving roles: Gan Siow Huang」, CNA, https://www.channelnewsasia.com/singapore/flexible-work-arrangements-increasingly-important-more-singaporeans-take-caregiving-roles-gan-siow-huang-4138821
4）Renald Loh「New flexi-work guidelines a good start, but unclear if they would shift some employers’ mindsets, say younger workers」, TODAY, https://www.todayonline.com/singapore/flexi-work-guidelines-shift-mindset-young-workers-2405721?cid=internal_inarticlelinks_web_24072024_tdy
5）Charlene Goh「More flexible work arrangements needed to create ‘pervasive, sustainable workplace norm’: Govt White Paper」, TODAY, https://www.todayonline.com/singapore/expanding-flexible-work-arrangements-singapore-1855226?cid=internal_inarticlelinks_web_24072024_tdy