改正「反スパイ法」と新設「ネットID」制度、中国滞在・中国ネットサービス利用の際に注意すべき点
中国での滞在やビジネス活動において、外国企業や外国人が特に留意すべき点として、最近改正された「反スパイ法(反間諜法)」と新たに施行された「ネットID(網號網證)」制度の導入が挙げられます。これらの法律や規制は、中国のビジネス環境を一層複雑にし、特に情報の収集、データの管理、そして従業員のオンライン活動に対するリスクを増大させています。また、香港を含む地域全体での地政学的リスクの高まりにより、企業の法的リスク管理がこれまで以上に重要となっています。今回の記事では、これらの法律の概要とその影響、そして海外企業や外国人が取るべき具体的な対応策について詳述します。
改正「反スパイ法(反間諜法)」の概要と影響
改正内容のポイントとその広範な影響
2023年7月1日から施行された改正「反スパイ法(反間諜法)」では、スパイ行為の定義が大幅に拡大され、外国企業や個人による多様な活動が間接的に規制対象となるリスクが高まっています。新しい法律の下では、国家の安全や利益に関連する「文書、データ、資料、物品」を不正に提供する行為がスパイ行為と見なされる可能性があります。このような法的環境の変化は、特に情報やデータを多く取り扱う日本企業や、香港を拠点とする企業にとって重大なリスクをもたらす要因となります。技術、金融、コンサルティング分野で事業を展開する企業は、データの取り扱いに関して細心の注意が求められます。
情報収集活動のリスク
中国市場における情報収集活動は、間諜行為と疑われるリスクを伴います。特に、競合他社の情報や市場動向のデータ収集が、国家安全に対する脅威として解釈されることがあります。これにより、企業は通常の市場調査活動でさえ慎重に行う必要があり、従来のビジネス慣行を再評価しなければならない場面が増えてきています。
従業員の行動監視と法的リスク
企業だけでなく、中国で業務を行う従業員の行動にも注意が必要です。例えば、政府機関や地元企業との接触や、業務に関連する訪問、さらにはSNSでの発言までもがスパイ行為と解釈される可能性があります。その結果、従業員は不当な拘束や逮捕のリスクに直面することがあります。また、企業や従業員が国家秘密やインテリジェンスとされる情報を取り扱う際には、重大な刑罰のリスクを伴います。このため、企業は情報の取り扱いについて、法令順守を徹底しなければなりません。
「ネットID(網號網證)」制度の概要と影響
「ネットID(網號網證)」制度の詳細と導入の背景
「ネットID(網號網證)」制度とは、中国におけるインターネットサービス利用に関する新たな規制で、全てのユーザーに対して実名登録を義務付けています。この制度の下で、インターネット上で使用されるすべての「網號」(ネットワーク番号)は、個人の身分情報にリンクされることになります。さらに、「網證」(ネットワーク証明書)は「網號」の認証用証明書として機能し、必要に応じて身分を証明することが要求されます。これにより、匿名性が大幅に制限され、特にビジネス活動に大きな影響を与えることが予想されます。
オンライン活動の監視強化とその影響
「網號網證」制度の導入に伴い、従業員が業務上のコミュニケーションやデータ共有の際には、使用するツールやアプリケーションが「網號網證」制度に準拠しているかどうか、企業は確認を強化する必要性が高まります。これにより、従業員の行動に対する監視が強化されるだけでなく、企業としても情報の管理や取り扱いについて新たなリスクが生じることになります。
データセキュリティ対策の強化と課題
「網號網證」制度の施行に伴い、企業はデータセキュリティの対策を一層強化する必要があります。特に、個人情報や機密情報の取り扱いについては、データの暗号化やアクセス制限、定期的な監査などの厳格なポリシーを設けることが求められます。また、ネットワーク上での匿名性が減少することで、個人情報保護のための新しいプライバシーポリシーの策定や、従業員の教育も重要な課題となっています。
運用と法的対策の現状
現在、「網號網證」制度は試験段階にあり、微信(WeChat)、淘宝(Taobao)、小紅書(Little Red Book)などの67のアプリで試験的に導入されています。この新たな制度は、ネット上での身分認証を強化し、プラットフォームにおける利用者の身元確認をより確実なものにすることを目的としています。中国公安部と国家インターネット情報弁公室は、この制度の導入が「ネットワークの信頼性を高める」と説明していますが、一部の市民からはプライバシー保護が損なわれるとして批判の声が上がっています。
市民の反応と批判的な視点
中国の自由派法律学者である労東燕氏は、「網號網證」制度の真の目的が、個人のオンラインでの発言や行動をより厳密に管理することであると指摘しています。彼女は、この制度が本来の犯罪捜査の手段を一般市民にまで適用するものであり、個人の自由を著しく侵害すると批判しています。また、大量の反対意見がインターネット上で「404」エラーによって削除されている事実も、言論の自由が制限されていることを示唆しています。
海外企業と外国人が取るべき具体的な行動
情報収集活動の慎重な実施
市場調査や競合分析を行う際には、情報収集の方法に細心の注意を払う必要があります。特に、国家安全に関連する情報を扱う場合は、現地の法律に抵触しないよう十分な配慮が必要です。違法なデータ収集とみなされないために、情報の取得方法や内容について、徹底的な事前確認と専門家のアドバイスが求められます。
従業員の教育とトレーニングの強化
企業は、従業員に対して最新の法律やリスクについての教育を行うことが重要です。特に、スパイ行為と見なされる可能性のある行動について理解を深めることで、リスクを大幅に軽減することができます。従業員教育の一環として、オンライン上での情報共有やコミュニケーションに関する具体的なガイドラインを策定し、研修を通じて徹底させることが推奨されます。
データ管理とセキュリティポリシーの再構築
新しい規制環境に対応するため、企業はデータ管理とセキュリティポリシーを再構築する必要があります。データの暗号化、アクセス制御、データの使用履歴の監査など、セキュリティ強化策を導入することが推奨されます。さらに、企業は従業員に対してもデータ保護に関する研修を行い、個人情報や機密情報の取り扱いについての意識を高めるべきです。
危機対応計画の策定
不測の事態に備え、企業は危機対応計画を策定し、万が一の法的リスクに対して迅速に対応できる体制を整えるべきです。特に、従業員が拘束された場合の対応フローや、現地の法執行機関との連携方法について、事前にシミュレーションを行い、迅速かつ適切な対応が取れるよう準備を進めることが重要です。
まとめ
中国でのビジネス活動において、改正「反スパイ法」と「網號網證」制度に適切に対応することは、外国企業や外国人にとって不可欠です。これらの法律に従って運営することで、企業の信頼性やブランド価値を高めると同時に、中国市場における長期的な成功を収めるための重要なステップとなるでしょう。中国の法的環境は常に変動しており、その中でのビジネス活動には、継続的なリスク評価とコンプライアンスの見直しが欠かせません。中国市場での成功を収めるためには、法令遵守とリスク管理を徹底することが、今後ますます重要になるといえます。
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参考:
1)「中華人民共和国(中国) 安全対策基礎データ」, 外務省海外安全ホームページ, https://www.anzen.mofa.go.jp/info/pcsafetymeasure_009.html
2)「中國擬簽發實名「網號」「網證」 宣稱可保護個人資料安全」, unwire.hk, https://unwire.hk/2024/07/29/chinese-real-name-2024/tech-secure/
3) 李向陽、池煥衡「申請「網證」「網號」須人臉識別 中國法律學者:強化網絡言行管控」, 自由亞洲電台, https://www.rfa.org/cantonese/news/certificate-08022024043013.html
4)廖文綺/呂佳蓉「中國推網號網證 微信淘寶小紅書等APP試點實施」, 中央通訊社, https://www.cna.com.tw/news/acn/202408020161.aspx
5)郭顏慧「中國「網路身分證」偷跑!民眾向法院提告公安部」, 自由時報, https://news.ltn.com.tw/news/world/breakingnews/4757822