東アジア・ASEANのカーボンニュートラル戦略【航空・海運編】

急速に進化するビジネス環境において、カーボンニュートラルは単なる流行語ではなく、世界中の企業にとって重要な目標となっています。そこで、航空業界と海運業界は、持続可能な未来を築くための重要な局面に立っており、持続可能な燃料の導入はカーボンニュートラル達成に向けた大きな一歩です。

航空会社や船舶運航業者は、どのようにして環境負荷を削減しつつ競争力を維持しているのでしょうか?この取り組みがどのようにビジネスチャンスに結びつくのか、前回の【金融編】に引き続き、今回の記事では香港とシンガポールを中心に世界の運輸において最も重要な航空業界と海運業界のカーボンニュートラル戦略をご紹介します。

カーボンニュートラルとは?

カーボンニュートラル(Carbon Neutral)とは、排出される二酸化炭素(CO₂)と吸収されるCO₂の量を相殺して、ネットでゼロにすることを目指す概念です。これには再生可能エネルギーの利用、エネルギー効率の向上、カーボンオフセット(植林や炭素回収技術)などが含まれます。

カーボンニュートラルは、Apple、Google、Microsoftなどの大企業を始め、多くの企業が2040年までに達成する目標を掲げる重要なテーマとなっています。各国の政府も積極的に規制を進めており、EUは2050年までにカーボンニュートラルを目指す「欧州グリーンディール」を推進しています。アメリカも2030年までに温室効果ガス排出量を50-52%削減する目標を掲げています。

金融セクターでは、投資家がESG投資を重視し、企業の環境パフォーマンスを評価する際にカーボンニュートラルへの取り組みを重要視しています。技術革新も進んでおり、カーボンキャプチャー技術や再生可能エネルギーのコスト削減がカーボンニュートラル達成への障壁を低くしています。

また、国際協力の面では、パリ協定を通じて各国が温室効果ガスの排出削減目標を設定し、国際的な協力を強化しています。カーボンニュートラルは、気候変動対策の中心であり、持続可能な社会を目指すために世界中のビジネス界が積極的に取り組んでいます。

航空業界における持続可能な燃料の導入

持続可能な航空燃料(SAF)は、航空業界のカーボンフットプリントを削減するための鍵となります。SAFは、廃食用油や木材チップ、都市ごみなどから生成され、従来の航空燃料に比べて最大80%の炭素排出削減が可能です。しかし、SAFの供給量が限られていることや、高コストが普及の障害となっています。日本では、主要航空会社である日本航空(JAL)や全日本空輸(ANA)がSAFの利用を積極的に進めています。これらの航空会社は、2050年までにカーボンニュートラルを達成するための取り組みの一環として、SAFの利用を拡大しています。さらに、日本政府もSAFの普及を支援するための政策を導入し、燃料供給インフラの整備を進めています。

香港
香港では、SAFの使用が進められており、キャセイパシフィック航空が主導する「香港持続可能な航空燃料連盟(HKSAFC)」が設立されました。この連盟は、航空業界、SAFの生産者、燃料供給業者、インフラ開発者、企業ユーザー、政策立案者など、多様なステークホルダーが協力してSAFの採用を推進しています。また、香港国際空港(HKIA)でもSAFの供給が進められており、2030年までに全燃料の10%をSAFにする目標が設定されています。

シンガポールとASEAN諸国
シンガポールでは、航空業界全体のエネルギー効率を向上させ、カーボンフットプリントを削減することを目指すことを政策にしています。これにより、シンガポールの航空業界は、持続可能な成長を実現しつつ、グローバルな競争力を維持しています。さらに、シンガポールは、すべての国際便に対して一定割合のSAFの使用を義務付ける政策を検討しており、これによりSAFの需要が一層増加することが期待されます。また、タイやインドネシアなどのASEAN諸国でも、SAFの生産と利用を促進するための取り組みが進められており、ASEAN地域全体でのカーボンフットプリントの削減が期待されています。

海運業における生質燃料の需要増

「生質燃料」とは、植物油、廃食用油、動物性脂肪などが含まれたバイオマスを原料として加工・精製され、従来のディーゼル燃料やジェット燃料の代替として使用可能です。生質燃料は化石燃料に比べて、炭素排出量を約20%から90%と大幅に削減できる点が特徴であり、持続可能なエネルギー源として注目されています。生質燃料の普及には、燃料の価格やインフラ整備が重要な要素となっていますが、これらの課題が解決されれば、海運業界をはじめとする多くの産業において、カーボンニュートラルを達成するための重要な手段となるでしょう。

香港
香港は国際的な海運の重要な拠点であり、環境規制の強化に応じて生質燃料の需要が増加しています。香港政府は、環境保護のための政策を進めており、海運業界に対してもカーボンニュートラルの達成を目指した取り組みを推進しています。最近の例として、2024年5月に香港で初めて、COSCOが運営する船舶「COSCO NETHERLANDS」に対し、Chimbusco Pan Nation Petro-Chemical社がB24バイオ燃料を供給しました。この供給は、4,300メトリックトン以上のISCC-EU認定の高硫黄バイオ燃料を含み、同地域での持続可能な船舶運航を促進する重要な一歩となりました。この動きは、香港が持続可能な海運のハブとしての地位を強化する一環であり、バイオ燃料の使用拡大に向けた重要なマイルストーンとされています。Chimbusco社は、今後もさらに多くの船舶にバイオ燃料を供給し、環境保護の基準を引き上げることを目指しています。

シンガポール
シンガポール港務当局のデータによると、2023年には船用生質燃料の販売量が前年比で倍増し、50万トンを超えました。この成長は、国際海事機関(IMO)の規制強化や欧州連合の排出量取引制度(ETS)によってさらに加速すると見られています 。また、フランスに本社が置かれている石油会社のTotalEnergies SE社は、シンガポールの生質燃料需要が2025年までに現在の倍増し、年間約100万トンに達する可能性があると述べています 。生質燃料の供給と需要を拡大する取り組みにより、シンガポールの海運業は、カーボンニュートラルに向けたリーダーシップを発揮し、持続可能な海運のモデルを確立しています。

まとめ

持続可能な燃料の導入は、航空業界と海運業界にとって単なる環境対策にとどまりません。これは、将来の規制に先んじて対応することで市場優位性を確保し、ブランド価値を高める絶好の機会でもあります。持続可能な燃料をいち早く採用する企業は、エネルギーコストの削減や新しい市場への進出を通じて長期的な成長を遂げる可能性が高いです。さらに、政府の支援やインフラ整備が進み、ブランドイメージで投資者を引き付け、ビジネスの持続可能性がさらに高まるでしょう。

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参考:
1)黃自強「新加坡拚建築零耗能 綠建築會呼吸」, 淨零碳排|中央社CNA, https://netzero.cna.com.tw/news/202407050036
2)江明晏「永續航空燃料少又貴 航空新創業找解方」, 淨零碳排|中央社CNA, https://netzero.cna.com.tw/news/202406150029
3)「新加坡船用生質燃料需求 2025年前可能翻倍」, 淨零碳排|中央社CNA, https://netzero.cna.com.tw/news/202401180211
4)「Cathay welcomes the launch of the Hong Kong Sustainable Aviation Fuel Coalition as co-initiator」, HYDROCARBON PROCESSING, https://www.hydrocarbonprocessing.com/news/2024/01/cathay-welcomes-the-launch-of-the-hong-kong-sustainable-aviation-fuel-coalition-as-co-initiator/
5)「LCQ9: Sustainable aviation fuels」, The Government of the Hong Kong Special Administrative Region Press Releases, https://www.info.gov.hk/gia/general/202403/13/P2024031300253.htm
6)Tony Harrington「Sustainable aviation fuel initiatives take off in five Asia-Pacific countries」, GreenAir, https://www.greenairnews.com/?p=5690