グローバル市場拡大におけるGDPデータの利点と限界

今日の相互に結びついたグローバル経済において、企業はますます国際市場を視野に入れて成長を目指しています。市場評価においてしばしば参照される基本的な指標の一つが、国内総生産(GDP)です。GDPデータは国の経済状況を評価するために広く使用され、海外市場への拡大を検討する際の出発点として役立ちます。しかし、GDPにはいくつかの限界があるため、依存しすぎることは誤解を招く可能性があります。より賢明な意思決定を行うためには、GDPの数値だけでなく、他の重要な要素も考慮する必要があります。

今回の記事では、GDPデータを使用する際のメリットとデメリットに加え、戦略的な事業拡大を導くための追加の考慮事項について掘り下げていきます。

GDPとは?

GDPとは、「Gross Domestic Product」の略で、「国内総生産」のことを指します。
1年間など、一定期間内に国内で産出された付加価値の総額で、国の経済活動状況を示します。付加価値とは、サービスや商品などを販売したときの価値から、原材料や流通費用などを差し引いた価値のことです。
極めてシンプルに例えるならば、付加価値とは儲けのことですので、GDPによって国内でどれだけの儲けが産み出されたか、国の経済状況の良し悪しを端的に知ることができます
(出典:三菱UFJモルガン・スタンレー証券

GDPデータを利用するメリット

GDPは国全体の経済活動を総合的に測る指標であり、拡大の機会を模索する企業にとって重要なツールとなります。高いGDPまたは成長しているGDPは、活発な経済活動と製品やサービスに対する潜在的な需要を示唆します。例えば、GDP成長率が5%の国は、消費者の支出が強く、特に小売業、ホスピタリティ業界、技術分野において、企業にとって魅力的な市場である可能性があります。さらに、GDPデータは国や地域間の比較分析を行うことができ、最も成長の見込まれる市場に優先的に焦点を当てる助けとなります。

この比較能力は、複数の拡大候補を評価する際に特に役立ちます。異なる市場間でのGDPの傾向を分析することで、企業は戦略的に資源を配分し、成長可能性の高い地域に重点を置くことができます。さらに、GDPデータはマクロ経済指標として、国の経済の健全性を示すものとなり、不安定な市場に参入するリスクを軽減する助けにもなります。

GDPデータを利用するデメリット

GDPは有益な洞察を提供しますが、いくつかの顕著な限界があります。

まずは、非公式経済や地下経済を考慮していない点です。これらは特定の地域で経済活動の大部分を占めることがあり、例えば、多くの発展途上国では、ストリートベンダーや地元の職人、小規模生産者などの非公式部門が経済生産に大きく寄与していますが、これらは公式のGDP数値には反映されません。このため、市場の真の潜在力を過小評価する可能性があります。

さらに、GDPの成長が生活水準の向上や経済的平等に必ずしも結びつかないことがあります。ある国が急速なGDP成長を遂げている一方で、深刻な所得格差や環境悪化に直面していることもあります。この不一致は、安定した繁栄した消費者基盤を持つ市場に進出しようとする企業にとって課題となり得ます。GDPは国内の経済生産に焦点を当てているため、外国企業や輸出主導型のセクターからの貢献を無視してしまうことがあり、特定の種類のビジネスには有用性が制限されるかもしれません。

また、GDPデータは通常四半期ごとに発表されるため、長期的な傾向や経済の周期的変動を捉えられないことがあります。企業は、失業率、インフレ、消費者信頼感などの他の指標も含めて市場を包括的に評価し、潜在市場の全体的な安定性を把握する必要があるでしょう。

成功する市場拡大のための重要な考慮事項

成功する市場拡大を実現にするためには、企業はGDP以外のさまざまな要素を評価する必要があります。その中でも最も重要な要素の一つは市場の需要です。ある国が高いGDP成長を示していても、企業の製品やサービスに対する十分な需要がなければ、拡大は頓挫する可能性があります。文化的な適合性や消費者の嗜好も、長期的な成功を見込む際には非常に重要です。

その他の重要な考慮事項には、規制環境、競争状況、政治的安定性、インフラの質などが挙げられます。例えば、GDP成長が高くても、規制の障壁が大きかったり、インフラが弱い国では、企業が効率的に運営するのが困難になるかもしれません。また、政治的な安定性や労働市場の状況も同様に重要です。熟練した労働力や政治的予見性、有利な労働規制があれば、企業は新しい市場で成功を収めやすくなります。

包括的な拡大戦略を策定するには、徹底的なリサーチと現地の専門知識が必要です。さらに、世界的な経済変動や地政学的要因も考慮する必要があります。近年のウクライナ紛争や中国の経済情勢の変化が示すように、企業は適応力を持ち、最新の情報を把握しておくことが求められます。

ロシアと中国の例から見た、持続可能な成長の重要性

GDPを支える支出の分野を重視すべき
ウクライナ侵攻から2年半が経過した現在でも、ロシアのGDPデータは依然として堅調に見えます。国際通貨基金(IMF)によれば、ロシア経済は2024年に3.2%成長する見通しです。しかし、この成長は主に政府支出、特に2024年にはGDPの6%に達すると予想される軍事費によって支えられています。

この短期的な景気刺激策は、GDPの数字を支える一方で、長期的な発展を犠牲にしています。生産性、投資、労働市場はすべて低迷しており、労働生産性の低下や生産的な用途から資金が逸れていることは、ロシアの長期的な成長見通しが暗いことを示唆しています。この点は、GDP成長にとどまらず、人材投資やイノベーションといった要素を重視することの重要性を浮き彫りにしています。

国有企業と民間企業のバランス
一方、中国は急速に変化する経済の中で、持続可能な成長を維持することの難しさを示しています。2023年にはGDP成長率が5.2%に達しましたが、不動産市場の危機や外国投資の減少といった経済の根本的な問題が、成長の持続可能性に対する懸念を呼んでいます。さらに、国有企業の役割が増大していることが、民間企業よりも生産性が低いと見なされ、経済の見通しに影を落としています。しかし、再生可能エネルギーや電気自動車といった新興技術に対する中国の注力は、今後の成長が持続可能な経済の原動力へとシフトする可能性を示唆しています。

シンガポールへの進出

シンガポールへの拡大を検討している企業にとって、同国の技術革新、インフラ開発、人材投資への強い取り組みは、魅力的な要素です。シンガポールの非常に開かれた経済環境は、グローバル市場へのアクセスを提供し、政府の「Future Energy Fund」やAIや持続可能性への多額の投資は、シンガポールを先進産業のハブとして位置付けています。

しかし、シンガポールがグローバル貿易に依存しているため、外部の経済ショックが現地市場の状況に影響を与える可能性があることを企業は留意する必要があります。シンガポール市場に参入する企業にとって、政府の長期的な持続可能性とイノベーションへの取り組みに一致することが重要です。これは特にグリーンエネルギー、AI、先端技術の分野で関連性が高いです。

さらに、終身学習とスキル開発に重点を置いているため、企業は新しい課題に適応できる人材を期待できる一方で、競争力を維持するために継続的な従業員の育成にも貢献する必要があります。シンガポールが短期的なGDP成長と長期的な持続可能性のバランスを追求している中で、企業は即時の市場機会だけでなく、将来の安定性も見据えた計画を立てる必要があります。

香港への進出

近年香港のGDP成長率と政府・経済学者による(前年比)
出典:https://www.bloomberg.com/news/articles/2023-12-07/economists-see-hong-kong-s-growth-outlook-worsening-through-2024

香港は、グローバルな金融ハブとして、長期的な経済成長を維持するための独自の課題に直面しています。香港のGDPは、世界的な貿易の流れや金融市場といった外的要因に大きく影響されますが、2019年のデモ活動後の地政学的緊張や中国との関係が、投資家の信頼と外国資本の流入に影響を与え、香港の成長にとって重要な推進力を揺るがしています。

香港にとって懸念される主な分野の一つは、不動産セクターへの依存です。このセクターは香港経済の大部分を占めており、中国で起きている不動産市場危機と同様に、この分野の低迷は経済全体のパフォーマンスに影響を与える可能性があります。しかし、中国とは異なり、香港には世界の資本が流入・流出するグローバルなゲートウェイとしての役割を担う強力な金融サービスセクターがあり、経済の弱点からのリスクを緩和することが可能です。

香港に参入を計画する企業は、特に技術、イノベーション、教育といった分野での同地域の経済多様化の取り組みを慎重に検討する必要があります。「InnoHK」や大湾区との連携など、政府のイニシアチブは、ハイテク産業、フィンテック、イノベーション主導のセクターにとって成長の機会を提供します。

それにもかかわらず、企業は香港の不動産への依存度の高さや所得格差の拡大といった課題にも注意を払う必要があります。これらは長期的には消費者支出や市場の安定性に影響を与える可能性があります。そのため、進出戦略には、香港の金融およびビジネス環境が提供する機会と、地元市場の変動性に伴うリスクの両方を考慮したバランスの取れたアプローチを含めるべきです。

イノベーション、持続可能な成長、人材育成に投資する企業は、進化する香港の市場環境において成功を収めるための有利な立場に立つことができるでしょう。

まとめ

企業が海外市場に進出する際、GDPデータは基本的な指標となりますが、それだけに頼ることは不十分です。市場の潜在需要、規制環境、インフラ、政治的安定性など、他の要素も包括的に評価することが求められます。シンガポールや香港の事例が示すように、持続可能な成長と技術革新に焦点を当てた戦略が、企業に新たな機会をもたらします。特に持続可能エネルギー、先端技術分野への投資が、将来の競争力を確保するためのカギとなります。

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MAYプランニングでは、GDPとGDP以外の経済指標を用いた分析と香港とシンガポール市場への参入戦略に関するアドバイスを行っています。また、規制・インフラ・政治的安定性に関するリスク評価やシンガポール・香港市場の進出計画策定などについてのサポートも提供しております。

参考:
1)Terence Ho「Commentary: GDP is not the best measure of a nation’s success」, CNA, https://www.channelnewsasia.com/commentary/gdp-measure-health-success-economy-quality-growth-more-important-4547671
2)Karl Montevirgen「Taking the economy’s temperature: How understanding GDP can help you make better investing decisions」, Britannica Money, https://www.britannica.com/money/what-is-gdp
3)Elvis Picardo「The Importance of GDP」, Investopedia, https://www.investopedia.com/articles/investing/121213/gdp-and-its-importance.asp