グローバルドローントレンドの最前線を探る②シンガポール、インドネシア、タイ
manager近年、ドローン技術は著しい進化を遂げ、従来の軍事用途や趣味の領域を超え、農業、物流、インフラ点検、防災といった幅広い商業分野において急速に実用化が進んでおります。市場規模においても、2024年時点で600億ドルを超える商業用ドローン市場が、2034年には1兆4,000億ドルを超えるまでに成長すると予測されています。今回の記事では、ASEAN諸国、特にシンガポール、インドネシア、タイにおけるドローン市場の動向を整理し、企業が今後のビジネスや投資戦略を検討する上で参考となる視点を提供いたします。
ドローントレンド：世界での現状
現在、世界のドローン市場は急成長しており、商業分野での応用も急速に広がっています。商業用ドローン市場は2024年に約600億ドルに達し、2034年には約1兆4,458億ドルまで成長すると予測されており、年平均成長率（CAGR）は約37%と非常に高い水準です。ドローンサービス市場も同様に、2024年には約246億ドル、2034年には約5,556億ドルに拡大する見通しで、CAGRは36.6%に達します。
応用分野では、農業における作物モニタリングや農薬散布、物流・配送での活用が進んでいます。特に配送ドローン市場は、2023年の18億ドルから2028年には123億ドルまで成長が見込まれており、CAGRは46.5%に達するとされています。その他にも、インフラ点検、測量、映像・写真撮影、防災など幅広い用途が拡大しています。
政府の政策と規制の方向性
シンガポール：
シンガポール民間航空庁（CAAS）は、無人航空機（UA）の安全な運用を確保するため、包括的な規制を設けています。2025年2月より施行された「無人航空機運用規則（Unmanned Aircraft Operations Regulations）」では、250g以上のドローン登録義務、操縦者ライセンス制度、飛行許可プロセスが強化されました。商業運用には「無人航空機操縦者許可（UA Pilot Licence）」が必要で、2024年7月時点で登録ドローン数は24,567台に達しています。また、2025年12月から、250g以上のドローンに「デジタルライセンスプレート（Broadcast Remote Identification, B-RID）」の搭載が義務化され、位置情報や操縦者の特定が可能になります。
2024年には「ドローン配送実証実験支援プログラム」が開始され、企業に試験飛行用の空域提供や資金援助を実施。2025年末までに商用ドローン便数が前年比30%増の約5,000便/月に達する見込みです。一方、プライバシー保護や空域管理の厳格化に伴い、企業は規制遵守コスト（例：B-RIDモジュール費用120～250シンガポールドル）の負担が課題です。
インドネシア
インドネシアのドローン規制は、運輸省令「PM 37/2020」に基づきます。250g以上のドローンは登録義務があり、商業運用には民間航空総局（DGCA）からの許可が必要です。2024年時点で商業ライセンス保有者は約3,500人で、2023年比25%増です。レクリエーション目的の飛行は許可不要ですが、商業目的では申請処理に平均14営業日かかります。
2025年1月、Terra Droneはインドネシア・セントゥールシティで、UTM（無人航空機交通管理）を活用した国内初の複数ドローン飛行デモを実施しました。実証では、農業・物流・警備の3分野で、ADS-BやリモートID搭載ドローンを同時運用。人口2.8億人のインドネシアは、東南アジアで2番目に大きなドローン市場になると予測されており、今後の展開に注目が集まります。
タイ
タイ政府は、商業・農業・物流・災害対応分野におけるドローンの活用を推進しつつ、安全とプライバシー保護のための規制も強化しています。飛行規則には、夜間（18:00〜06:00）飛行禁止、空港から9km以内の飛行禁止、高度120m未満、操縦者から500m以内で視認可能な範囲などがあります。違反者には最大5年の禁固または10万バーツの罰金が科される場合があります。
物流業界の需要とビジネス機会
シンガポール
シンガポールは物流効率化の需要が高く、ラストマイル配送の自動化を目的としたカーゴドローン市場が拡大中です。2024年のドローン物流市場規模は約2億5,000万シンガポールドルで、2025年には前年比20%増の3億シンガポールドルに達する予測です。スタートアップ「F-drones」は、2024年に500kgまでの貨物を輸送可能なドローンを開発し、港湾物流の効率化を実現。2025年にはシンガポール港での本格運用を開始予定で、輸送時間が従来比で30%短縮される見込みです。
インドネシア
インドネシアは17,000以上の島々からなる群島国家であり、物流網の整備が困難な地域が多く存在します。このような地理的特性から、ドローンを活用した物流ソリューションへの需要が年々高まっています。特に遠隔地や交通インフラが未発達な地域において、ドローン配送は医薬品や生活必需品を迅速に届ける手段として注目されています。ドローン市場そのものも着実に成長しており、インドネシアのドローン市場は2025年に9.453百万米ドルに達し、2030年には12.832百万米ドルにまで拡大すると予測されており、年平均成長率（CAGR）は6.30%にのぼります。この成長は、政府の防衛投資に加え、農業、建設、測量といった分野での商用ドローン利用の増加が背景にあります。
タイ
タイにおけるドローン物流の需要とビジネス機会は、近年の技術革新と政府の支援により、急速に拡大しています。特に、都市部の交通渋滞や農村部へのアクセス困難といった課題を背景に、ドローンを活用した物流ソリューションへの関心が高まっています。市場予測によれば、タイのドローン市場は2025年に487.27万米ドルの収益を上げ、2025年から2029年の年平均成長率（CAGR）は1.65%と見込まれています。 この成長は、商業用ドローンが複数の産業で重要なサービスを提供し、経済成長を促進することが期待されているためです。 政府の規制緩和も市場拡大に寄与しています。タイ民間航空局（CAAT）は、新しい規制を導入し、農業用ドローンなど、産業のニーズに応じた幅広い運用を可能にしています。 さらに、医療分野でもドローンの活用が進んでおり、Skyports Drone Servicesはタイでの医療用ドローン配送の実証実験を行っています。 これらの取り組みは、物流の効率化だけでなく、緊急時の迅速な医療支援にも寄与しています。
地理的条件と適合性
シンガポール
シンガポールの国土面積は約728平方キロメートル、人口密度は約8,600人/平方キロメートル（2024年推計）。高度に整備されたインフラと都市集中型経済は、ドローンによるラストマイル配送やインフラ監視に適しています。シンガポールの5Gネットワークのカバー率は、2020年の展開開始以降、国土の95%以上をカバーしています。2024年2月には、StarHub Mobileが5Gの人口カバー率を99%を超えたと発表しており、リアルタイム制御やデータ収集が容易です。
2025年に導入予定の空域管理システム（UTM）は、都市部の90%をカバーし、許可効率を向上させる見込みです。
インドネシア
インドネシアは、17,000以上の島々からなる群島国家であり、地理的な分散性が高い国です。
農業分野では、スマトラ島やカリマンタン島に広がるパーム油農園で、ドローンを用いた肥料散布や作物の健康状態の監視が行われています。テラドローン株式会社は、農林水産省の支援を受けて、インドネシア国内で高精度測位技術を活用したドローンによる農薬・肥料散布の実証実験を実施しています。
一方で、インドネシアにおけるドローンの運用には、通信インフラの未整備や熱帯気候による突発的な天候の変化といった課題があります。これらの課題に対応するため、地元企業や国際的なパートナーが協力し、技術開発や運用体制の整備が進められています。
タイ
タイは、北部の山岳地帯、中央部の肥沃な平野、南部の海岸線といった多様な地形を有しており、ドローンの活用に適した環境が整っています。特に中央部のチャオプラヤー川流域では、稲作を中心とした農業が盛んであり、ドローンを用いた精密農業が導入されています。また、北部の山岳地帯では洪水や地滑りのリスクが高く、ドローンを活用した災害監視や早期警戒システムの導入が進められています。
規制面では、飛行高度は地上から90メートル以下に制限され、空港周辺や政府施設、軍事区域などでは飛行が禁止されています。
市場の成長予測と課題
シンガポール
シンガポールでは、都市環境でのドローン活用を推進するため、特定地域をドローン特区に指定し、企業や研究機関に試験飛行の場を提供しています。政府機関も業務効率化や労働力節減のためにドローンを積極的に活用しており、地下鉄の点検や海上の監視、環境調査などで試験事業を実施しています。また、シンガポールの航空宇宙・防衛市場は、2023年の68億2,000万米ドルから2032年には190億7,000万米ドルへと成長が予測されており、年平均成長率（CAGR）は12.51％とされています。
主な課題：
・技術アップグレードの必要性：継続的な技術の進歩に対応するため、ドローン技術のアップグレードが求められています。
・熟練労働者の不足：ドローンの運用や保守に必要な熟練労働者の確保が課題となっています。
・地政学的緊張の影響：アジア太平洋地域の地政学的緊張が市場の安定性に影響を与える可能性があります。
インドネシア：農業分野での導入と小規模農家の課題
インドネシアでは、農業分野におけるドローンの活用が進められています。特に、アブラヤシの農薬・肥料散布に関する実証実験が行われており、現地企業との連携強化や戦略的パートナーシップの構築が進められています。また、テラドローンは、インドネシアにおけるドローンを活用したスマート農業の可能性を広げるため、現地農業における効率化と持続可能性の向上を目指して、農薬・肥料散布におけるドローン技術の開発・改良を加速させています。
主な課題：
・小規模農家の多さ：インドネシアでは、多くの農業生産者が小規模で活動しており、スマート農業技術の導入が進みにくい状況です。
・技術導入のハードル：技術を保有する企業がコンソーシアムを形成し、データを収集しながら技術を適応させるための実証試験を実施していますが、広く適用できるビジネスモデルの確立には時間がかかっています。
・人材育成の必要性：ドローン技術の運用には専門的な知識と技能が必要であり、現地での人材育成が課題となっています。
タイ：農業主導の成長と規制課題
タイでは、スマート農業の推進に伴い、農業用ドローンの需要が増加しています。特に、写真愛好家やスマート農業に関心のある農家が多く、ドローンの製造業者や販売業者にとって大きな潜在市場となっています。アジア太平洋地域のドローン市場全体では、2023年から2029年の間に年平均成長率（CAGR）14.00%で成長すると予測されています。
主な課題：
・規制の未整備：ドローンの見通し外飛行（BLOS）に対する規制や制限が整備されていないことが、市場の成長を抑制しています。
・人材不足：訓練されたパイロットの不足が、ドローンの運用拡大の障壁となっています。
・安全性とセキュリティへの懸念：ドローンの運用に伴う安全性やセキュリティへの懸念が、市場の成長に影響を与えています。
まとめ
ASEAN地域におけるドローン技術の進化は、企業に新たな成長の地平を提示しています。効率化やコスト削減を実現する一方、規制遵守や技術投資が求められるこの分野は、戦略的な参入が成功の鍵です。ビジネスにとって、ドローンは物流の迅速化や農業の精密化など、競争力を高める強力なツールとなり得ます。特にシンガポールの都市型ソリューション、インドネシアの広域物流、タイの農業革新は、市場参入の大きなチャンスを提供。早期に専門知識を活用し、規制や地域特性に適応した企業が、この急成長市場で優位性を築くでしょう。
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