2025年関税戦争:アメリカ・中国におけるサプライチェーンと雇用への長期的影響

2025年4月、トランプ前大統領による「世界共通関税」および「相互関税」の導入発表により、米中間の貿易関係は再び緊張を高めています。中国をはじめとする主要貿易相手国に対する追加関税は、アメリカ国内の製造業保護と貿易赤字削減を目的とするものですが、同時に企業活動および雇用市場に対して広範な影響を及ぼしています。今回の記事では、米中間の関税政策の最新動向を整理し、企業経営・サプライチェーン戦略・雇用環境における実務的な影響を解説します。

アメリカ国内の企業と雇用市場における影響

アメリカ企業への影響
トランプ大統領は、2025年4月に「世界共通関税」(全輸入品に10%の関税)および「相互関税」(貿易相手国が高い関税を課している場合に、自国も同水準まで税率を引き上げ)を発表し、特に中国(54%)、EU(20%)、メキシコ、カナダ、日本(鉄鋼・アルミに25%、自動車に関税予定)などに対して高い関税を課しました。この政策は、アメリカの貿易赤字削減と国内産業保護を目的としていますが、企業には以下のような影響が現れています。

  • コスト上昇と価格転嫁
    関税により輸入原材料や製品のコストが上昇し、企業はこれを価格に転嫁せざるを得ません。例えば、中国からの輸入品価格は大幅に上昇し、スマートフォン価格が8~15%上昇したとの報告があります。これにより、消費者の購買力が低下し、企業は売上減少のリスクに直面しています。
  • サプライチェーンの混乱
    アメリカ企業は、中国やメキシコなどからの輸入に依存しているため、関税によるコスト増はサプライチェーンの再構築を迫ります。特に製造業では、代替調達先の確保が困難であり、生産コストの上昇が利益を圧迫しています。
  • 中小企業の景況感悪化:
    全米自営業連盟(NFIB)によると、2025年3月の中小企業楽観度指数は3.3ポイント低下し、97.4となりました。関税政策による事業環境の不確実性と販売見通しの悪化が主因で、向こう6ヶ月の事業環境改善を期待する企業は2020年12月以来の大幅な減少を記録しました。
  • 一部企業の恩恵
    国内製造業の一部(例:鉄鋼業や特定の農業機械メーカー)は、関税による競争力向上で恩恵を受ける可能性があります。例えば、アメリカの農業機械メーカー「John Deere」は、日本企業(コマツやクボタなど)との競争が激化する中、国内生産の強化で市場シェアを拡大する可能性があります。

アメリカ人の雇用への影響
関税戦争は雇用市場にも複合的な影響を及ぼしています。保護主義政策は国内雇用の創出を目指していますが、短期的には雇用の伸びが鈍化し、長期的な影響も不透明です。

  • 雇用成長の鈍化
    ブルームバーグの報道によると、2025年3月の非農業部門雇用者数は13万8000人増と、前月の15万1000人増から減少しました。これは、関税政策による経済先行きの不透明さと消費者の慎重姿勢が背景にあります。失業率は4.1%で横ばいですが、関税の影響が続けば雇用市場の停滞が懸念されます。
  • 一部セクターでの雇用増加
    2025年3月の雇用統計では、非農業部門雇用者数が22万8000人増と市場予想(14万人増)を上回りました。これは、関税発動前の駆け込み需要や国内生産強化による一時的な雇用増加が要因と考えられます。しかし、1月と2月の雇用者数は下方修正されており、持続性は不透明です。
  • 雇用の質の変化
    関税による物価上昇(2025年の物価上昇率は前年比+2.4%と予想)は、低所得世帯や年金生活者の生活費を圧迫し、雇用の質に影響を与えます。ニューヨークの自動車販売員の事例では、関税による車両価格の上昇(例:メキシコ産SUVが4000ドル値上がり)が販売減を招き、販売職から修理工への転職を検討する動きが見られます。
  • スタグフレーションのリスク
    米連邦準備理事会(FRB)は、関税によるインフレ圧力の高まりを背景に「軽度のスタグフレーション(景気の後退と物価の上昇が同時進行)」を想定しています。インフレ率の上昇と経済成長の鈍化が同時に進行すれば、雇用市場はさらに不安定化する可能性があります。

國企業及就業影響

報復措置を堅持している国、そしてアメリカが現在も極端に高い関税を維持している国において、今回の関税戦争が中国に与えている影響を見ていきましょう。

輸出企業への影響

  • 輸出コストの急増と利益率の圧迫
    アメリカによる最大245%の関税は、中国の外貿企業の対米輸出コストを大幅に増加させています。特に、製造業(例:電子機器、機械、繊維)やハイテク産業(例:電気自動車、バッテリー)は、関税の標的となっています。Economist Intelligence Unitの分析によると、対米輸出の有効関税率が20ポイント上昇すると、2025年から2027年にかけて中国のGDP成長が0.6ポイント減少し、60%関税が導入された場合、損失は2.5ポイントに達する可能性があります。調査によると、600社の中国輸出企業のうち、大半が「利益率が低すぎて値下げできない」と回答しており、関税負担を吸収するためにコスト削減や人員削減に踏み切る企業が増えています。これにより、中小規模の外貿企業は特に経営危機に直面し、倒産や市場撤退のリスクが高まっています
  • アメリカ市場からの撤退と市場縮小
    関税の影響で、アメリカ市場における中国製品の競争力が低下しています。2023年のデータでは、アメリカの中国からの輸入は既に20%以上減少し、2025年にはさらに縮小すると予測されています。この結果、外貿企業はアメリカ向け輸出に依存するビジネスモデルを見直す必要に迫られています。一部の企業は、ヨーロッパやアジアの新興市場へのシフトを試みていますが、これらの市場はアメリカの需要規模に匹敵せず、売上回復は困難です。
  • サプライチェーンの再編と海外移転
    関税を回避するため、多くの外貿企業は生産拠点を東南アジア(ベトナム、タイ)やメキシコに移転しています。中国からASEANへの直接投資は2023年から2025年にかけて急増しており、ベトナムでは中国系企業がアメリカ向け輸出の主要拠点となっています。例えば、電子機器や衣料品の製造企業は、ベトナムでの生産拡大により関税コストを軽減しています。しかし、この動きは中国国内の生産活動の縮小を意味し、国内の工場閉鎖や雇用の喪失を加速させる可能性があります。特に、沿海地域(広東省、浙江省など)の外貿企業は、生産拠点の海外移転により地域経済に深刻な影響を及ぼすと懸念されています。
  • ハイテク産業への特有の影響
    アメリカは特に中国のハイテク産業(例:BYD、CATL)を標的にしており、電気自動車やバッテリーに対する関税は100%を超える水準に達しています。これにより、アメリカ市場でのシェア拡大が阻害され、米中間の技術デカップリングが進行しています。さらに、アメリカの「最恵国待遇」撤回や中国企業のアメリカ投資制限により、海外展開が制限されるリスクが高まっています。
  • 雇用の影響
    外貿企業の経営難は、雇用にも直接的な影響を及ぼします。Bloombergの報道によると、対米輸出に関連する労働者は1000万~2000万人で、特に中小企業の工場閉鎖により失業が増加する可能性があります。QuantCube Technologyのデータでは、2025年初頭の求人件数が前年比で約30%減少しており、労働市場の弱体化が顕著です。

国内市場向け企業への影響

  • 間接的な経済減速の影響
    国内市場向け企業は、関税戦争による直接的な影響は限定的ですが、輸出減退による経済全体の減速が間接的に影響を及ぼします。NPRの報道によると、2025年第1四半期の中国のGDP成長率は5.4%でしたが、関税の影響で今後成長が鈍化すると予測されています。UBSは2025年の成長予測を3.4%に下方修正しており、国内消費の伸び悩みが国内市場向け企業の売上に影響を与える可能性があります。特に、小売業やサービス業(例:飲食、観光)は、消費者の購買力低下により需要が減少するリスクがあります。CKGSBの調査では、2025年3月の消費者信頼感指数が低下しており、経済的不確実性が国内市場向け企業の成長を抑制していることが示されています。
  • ハイテク国内市場向け企業の機会と影響
    国内市場では、ハイテク分野(例:AI、クラウドサービス、スマートデバイス)が成長を続けています。中国政府の「デジタル経済」推進政策により、国内のテック企業(例:テンセント、アリババ、ファーウェイ)は、国内需要の拡大や政府契約を通じて収益を伸ばす可能性があります。しかし、アメリカの技術輸出規制やデカップリングの影響で、部品調達や技術開発に制約が生じるリスクもあります。
  • 雇用の影響
    国内市場向け企業の雇用は、輸出企業ほど直接的な打撃を受けませんが、経済全体の減速により採用が慎重になる傾向があります。非製造業PMIの雇用サブ指標は2025年初頭に低下しており、サービス業や小売業での新規採用が減少する可能性があります。
  • 国内市場へのシフトと競争激化
    外貿企業の輸出縮小に伴い、一部の企業は国内市場へのシフトを試みています。これにより、国内市場での競争が激化し、価格競争や市場シェアの奪い合いが起こる可能性があります。特に、消費財(例:衣料品、食品)や電子機器の分野では、過剰供給による値下げ圧力が高まるリスクがあります。この競争激化は、中小規模の国内市場向け企業の利益率を圧迫し、市場統合や淘汰が進む可能性があります。

「輸出製品を中国国内市場に転用する」ことは打開策となり得るのか?

一見、有効な打開策のように思われるかもしれませんが、実際には現実的な選択肢とは言い難いのが現状です。

第一に、最も大きな課題は「価格設定」にあります。中国における輸出向け製品は、一般的に国内向け製品と比較して高い利益率が確保されています。しかし、これらの製品を中国国内市場、特に拼多多(Pinduoduo)のような激しい価格競争が行われているプラットフォームで販売する場合、価格競争力の面で大きなハンディを背負うことになります。中国市場では「低価格」が最優先される傾向が強く、製造コストを抑えるために品質を犠牲にする事例も少なくありません。このような市場環境では、消費者に対して国際基準の品質の価値を理解してもらうことは極めて困難です。

さらに、輸出製品の多くは、国内市場において需要が限られているという点も無視できません。たとえば、スイミングプールやサーフボードなど、欧米市場では一般的なレジャー用品であっても、中国国内では高級品として認識され、利用可能なインフラや購買層が限られているのが実情です。

以上の点を踏まえると、輸出製品をそのまま中国国内市場へ転用することは、短期的にも長期的にも有効な打開策とはなり得ないと判断されます。

まとめ

米中間における関税政策の再強化は、企業経営に多層的な影響をもたらしています。まず、原材料や中間財に対する輸入コストの上昇は、製造業を中心とした企業の利益率を圧迫しており、価格転嫁の難易度が高い業界では業績悪化のリスクが高まっています。さらに、グローバルサプライチェーンの見直しが急務となっており、中国依存度の高い調達・生産構造からの脱却、または「チャイナ+1」戦略などの代替的なサプライネットワークの構築が重要課題となっています。これにより、ロジスティクスコストやサプライリスク管理に関する再評価が求められています。

雇用市場においては、関税政策が一部産業の国内回帰を促す可能性がある一方、国際的な価格競争力の低下によって輸出産業や国際展開企業の雇用が圧迫される懸念もあります。中長期的には、製造業や輸送業などにおける地域別再配置が進み、労働市場の構造的変化が生じる可能性があります。

ビジネスにとっては、このような不確実性の高い国際貿易環境において、機動的かつ戦略的な対応が不可欠です。コスト最適化、生産体制の柔軟化、リスク分散戦略の再構築を行うことで、競争力の維持・強化が期待されます。また、政策変更への対応力や規制の先読み能力が、企業のレジリエンスを左右する重要な要素となるでしょう。

今回の関税戦争を単なるリスクとして捉えるのではなく、事業構造改革や市場戦略の再設計に向けた契機として前向きに捉えることが、今後の競争優位の鍵となります。

次回の記事では、今回の関税戦争がどのように今後の国際貿易ルールを変えていくことについて考察します。

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MAYプランニングでは、米中関税政策の動向分析と影響予測に関するアドバイスを行っています。また、関税コスト削減のための代替市場・供給元調査、調達戦略およびサプライチェーンの再設計などについてのサポートも提供しております。

参考:
1)Anniek bao. (2025, April 16). China Targets U.S. Services and Other Areas as It Decries ‘Meaningless’ Tariff Hikes on Goods. CNBC. https://www.cnbc.com/2025/04/17/china-targets-us-services-and-other-areas-after-decrying-meaningless-tariff-hikes-on-goods-.html
2)John ruwitch, emily feng. (2025, April 16). China Reports 5.4% GDP Growth in 1st Quarter, but Analysts Say Tariffs Will Bite Soon. NPR. https://www.npr.org/2025/04/16/g-s1-60564/china-gdp-tariffs-growth
3)Tariffs to Impact Millions of Chinese Workers in Blow to Economy. (2025, April 15). Yahoo!Finance. https://finance.yahoo.com/news/tariffs-impact-millions-chinese-workers-060000128.html
4)China–United States Trade War. (n.d.). Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/China%E2%80%93United_States_trade_war
5)The Impact of US Tariffs on China: Three Scenarios. (2025, April 17). The Economist Intelligence Unit. https://www.eiu.com/n/the-impact-of-us-tariffs-on-china-three-scenarios/
6)「関税ショック」で米経済にスタグフレーションの兆候、アメリカ独り勝ちはもう終わるのか?. (2025, March 30). Newsweek. https://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2025/03/544196.php
7)Vince golle、craig stirling. (2025, March 30). 【焦点】米雇用者数、3月は伸び鈍化も-関税政策で景気見通しに陰り. Bloomberg. https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-03-30/STX91PT1UM0W00
8)Nazmul ahasan. (2025, April 8). 米中小企業の景況感、22年6月以来の大幅低下-関税導入で懸念増大. Bloomberg. https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-04-08/SUEGWWT1UM0W00