【シンガポール・ナショナルデー・ラリー2025】AI・関税改革・「We-First」社会の方針から見るシンガポール経済の未来

シンガポールのナショナルデー・ラリー2025では、AI導入支援や関税改革、「We-First」社会の実現に向けた数々の政策が示されました。これらは企業にとって、新たな成長機会であると同時に、戦略的対応を迫る重要なサインでもあります。今回の記事では、演説の中で特にビジネスに関わる要点を抽出し、シンガポールで既に事業を展開する企業、そして進出を検討する海外企業の双方に役立つ視点をお届けします。

SG60以降の新章へ:企業に求められる視点の転換

シンガポール首相のLawrence Wongは、SG60(シンガポール建国60周年)の祝賀の後、改めて世界情勢の変化をかみしめ、シンガポールのこれからの道を自ら切り開く覚悟を語りました。特に現在の世界情勢について、首相は次のように述べています:

「世界はもはやアメリカ主導のルールに基づく秩序に依存できない。 多くの国が自国の利益追求を優先し、信頼が失われている世界になっている」。

Beyond SG60: Writing Our Next Chapter

これは、グローバルな外部環境が急速に分断化し、かつての前提が通用しない不確実性の時代に突入したことを意味します。すでに進出している企業はこうした世界の変化を前に、従来の枠組みに頼らず柔軟に戦略を再構築する姿勢が迫られていますし、新規に進出を検討する企業も「意志をもって自らの道を切り開く観点」が重要になります。

世界の変化と経済戦略の再構築における、企業の対応策

分断の時代と経済リスクの増大
首相は演説で、グローバル経済の根幹を成してきたルールベースの秩序が崩れつつあることを強調し、特に米中対立や保護主義の台頭が中小・開放経済であるシンガポールにとって重い負担となることを示唆しました。

加えて、アメリカの新たな輸入関税措置で導入している10〜30%の高関税をはじめ、多くの製品で50%超の関税が課されている状況は、シンガポール企業にとって依然として大きなリスクです。

このような環境下で、短期的な保護策だけでなく、中長期的な戦略を描き直すことが求められています。「経済レジリエンス・タスクフォース(Singapore Economic Resilience Taskforce)」の設置は、まさにそうした必要性に応えるものであり、現在もその対応が進行中です。

経済レジリエンスタスクフォースの役割
副首相のGan Kim Yong氏が座長を務めるこのタスクフォースは、外部環境の急変への対応「交渉を通じて事業者や労働者を支援する、また中期的な経済戦略を見直す」という二重の目的を担っています。

今後企業が活用すべきポイントとしては:

  • 外国市場や関税問題に直面した際にも、支援や交渉参画の道が開かれる可能性があること
  • タスクフォースが業界パートナーや労働界と連携して政策設計を行っている点は、業界ニーズが政策に反映されやすい環境と言える

テクノロジーと革新:生産性向上と将来展望

AIは過去のPC/インターネットに続く次の波
首相は、過去のコンピューター導入とインターネット普及が国家を変革したプロセスを引き合いに出しつつ、AIが今まさにその次のキー技術であると強調しました。

  • 自然言語処理やコールセンターでのAI活用(多言語での文字起こしと要約)など、すでに行政サービスにも導入されており、その実用性が高まっている
  • AIの進歩は驚異的であり、国際数学オリンピックにおけるAIのゴールドメダル受賞の例は、AIの能力を端的に示している

これを踏まえ、企業においては:

  • AI導入による業務効率化や職務の再設計を積極的に進めるべき
  • 政府はAI導入時に、従業員のスキル再編・再教育を伴う職務の再設計を支援する方針を打ち出していますので、企業もこれを組み入れることで「生産性向上と雇用維持」の両立が可能
  • AIに加えてクオンタム・コンピューティングへの取り組みも進行しており、中長期の基盤となるR&D分野として注目される

メディアにも注目されるAIと雇用支援施策
このAIを積極的に取り込みながら国民のスキルアップを支援する姿勢はメディアにも注目されています。たとえば、Reeracoenの分析ブログでは、以下のようにまとめられています:

大企業レベルの雇用主は、より容易に人材パイプラインへアクセスできるようになる一方で、政府は中小企業がAIを効果的に導入できるよう支援する。さらに、AI導入は職務再設計やリスキリング(再訓練)と結びつけられることになる。

Jobs, AI & a “We-First” Future: Key Takeaways from PM Wong’s National Day Rally 2025

これは企業視点で「AI導入支援だけでなく、労働者の再配置やアップスキル支援が政策に明記されている点」をわかりやすく示しており、AI活用に前向きな企業にとって、戦略的に重要なヒントとなります。

企業が着目すべき「人材とスキル形成」に関する政策

トレーニー制度の強化
新たに導入される政府主導のトレーニー制度は、ITE、ポリテク、大学卒業生に実践的な現場経験と手当を提供するものであり、企業にとってはリスク低く若手人材を獲得できるチャンスです。この制度は、経済が悪化した際には規模を拡大する設計となっており、人材確保が難しい局面でも安定的な供給が期待できます。

SkillsFuture Level Upの拡充
40歳以上の中堅層向けに提供されるSkillsFuture Level Upプログラムが強化され、パートタイム講座にも研修手当が適用され、産業界・民間研修機関による講座も採用されます。企業としては、社員のキャリア中断を防ぐ形でのスキル向上を推進し、モチベーションと能力の維持に役立てられます。

地域・コミュニティに根ざしたジョブマッチング
CBD(Community Development Councils)が主体となって、地域レベルでのジョブマッチングを強化する政策が導入されます。これは、従業員が居住近くで働ける職を見つけやすくすることで離職率を下げる工夫として、企業の採用戦略にとってもプラスに働く施策です。

地域開発とインフラ拡充で、ビジネス機会を創出

演説では、北部地域「Woodlands、Kranji、Sembawang」の再開発計画が改めて強調されました。

  • Woodlands
    チェックポイントの大規模拡張、RTSリンク2026年末までに開通予定、約4,000戸の新HDB(公団住宅)計画
  • Kranji
    旧競馬場跡地に約14,000戸の住宅、Sungei Kadut MRTの建設を含む再開発
  • Sembawang
    造船所跡地の転用—商業・コミュニティ・ライフスタイル施設へ再構築

これらの再開発は、人の流入が増える地域での小売・サービス・不動産投資などに対する新たな需要を喚起します。

また、物流やサプライチェーン関連の企業にとって、この地域は北部アクセス強化を通じて根拠地拡大の可能性があります。インフラ整備により、通勤・移動の効率が上がり、地域拡張の検討も実務的に進めやすくなります。

価値創造の観点から見た「We-First」社会と企業の役割

首相は演説を「We-First(私たちが第一)」社会の重要性で締めくくりました。「We-First」という理念は、単なる社会的スローガンではなく、企業経営や事業戦略に直結する概念として提示されました。首相は、競争が激化するグローバル市場においても、企業が「自社だけの利益」ではなく「社会全体の利益」を念頭に置いた経営を行うことで、持続的成長を確保できると強調しました。

具体的には、従業員への投資や人材育成、AIを活用した効率化と同時に雇用の質を高める取り組み、さらには地域社会や環境課題への対応を通じて「社会的価値」と「経済的価値」を同時に実現することが求められています。これは、ESG経営の次なる段階と捉えることもでき、シンガポールで事業を展開する企業にとっては「社会と共に成長する姿勢」が市場での信頼獲得や規制対応の面でも不可欠となります。

また、「We-First」の発想はグローバル人材獲得戦略とも密接に関わっています。社会全体で公正な機会を確保する仕組みを整えることで、多様な人材が安心して活躍できる環境をつくり、結果として企業の競争力も強化される。つまり企業は、社会的合意を尊重しながらビジネスを展開することによって、長期的にはより強固な基盤を築くことが可能になるのです。

企業戦略への示唆

安定・柔軟な経営戦略の策定
企業にとって、分断化が進む国際環境に備えるためには、経営戦略の安定性と柔軟性を兼ね備えることが不可欠です。特に、サプライチェーンの多元化や市場の多様化は、リスク分散の観点から重要な取り組みとなります。シンガポール政府は経済レジリエンス強化を重視しており、企業は経済レジリエンス・タスクフォースなどの制度を通じて、政策形成に積極的に関与することができます。政府との連携ルートを活用することで、企業の視点を反映させつつ、中長期的な安定成長を実現する戦略を描くことが可能となるでしょう。

デジタル・イノベーションの積極導入
デジタル技術、とりわけAIの導入は、単なるコスト削減手段にとどまらず、中長期的には職務の再設計や新たな付加価値の創出へとつながります。シンガポール政府もAIの社会的実装を強く後押ししており、企業がこの潮流を取り込むことは競争力強化に直結します。また、クオンタム・コンピューティングの進展に対する政府の関心は、将来的な研究開発分野として企業が長期戦略を立てる機会を示唆しています。積極的にイノベーションを導入することで、企業は単なる効率化にとどまらず、新市場の開拓やビジネスモデル転換にもつなげることができるでしょう。

人材アップスキルと地域採用活用
シンガポールでは、トレーニー制度やSkillsFuture強化策を通じて、人材のアップスキルを支援する取り組みが広がっています。企業はこれらを活用することで、若手や中堅社員の教育・採用を効率的に進めることが可能です。さらに、地域ごとのジョブマッチング制度や、北部再開発エリアでの新たな雇用機会は、現地採用や市場進出の土台を築くうえで重要な要素となります。適切な人材育成と地域採用の活用は、単なる人員確保にとどまらず、企業が持続的な成長を遂げるための競争力強化につながります。

企業の社会的・文化的貢献
シンガポール社会が目指す「We-First」モデルにおいて、企業は経済的な成果だけでなく、社会的・文化的な役割を担う存在として期待されています。地域イベントの開催や教育支援プログラム、働きやすい職場づくりといった取り組みは、ローカルコミュニティとの信頼関係を構築するうえで極めて重要です。こうした活動はCSR(企業の社会的責任)の範疇を超え、ブランド価値や従業員のエンゲージメント向上にも直結します。企業が社会的・文化的貢献を積極的に展開することは、シンガポール市場における持続的な存在感の確立につながるでしょう。

まとめ

ナショナルデー・ラリー2025を通じて、シンガポールは「変化の時代において自らの未来を創る力」を政府と国民が共有して進む道を示しています。企業には、テクノロジー・人材・政策活用・地域連携の4つを軸に、新たな競争力を築きながら、シンガポールの未来を共に形づくる存在となることが期待されています。

シンガポールは今後も、世界的な分断と変動の中で柔軟に対応し、企業にとっての安定した拠点であり続けることを目指しています。シンガポールでの事業活動を考える企業は、単なる市場拡大の場としてではなく、グローバル経営の中核として位置付ける視点を持つことが重要です。ここで積極的に人材育成や技術投資を行うことで、アジア全域、さらには世界に向けた競争力を築いていくことが可能になるでしょう。

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MAYプランニングでは、シンガポールへの市場参入戦略に関するアドバイスを行っています。また、AI導入や人材戦略・リスキリングなどについてのサポートも提供しております。

参考:
1)Pm lawrence wong. (2025, August 17). National Day Rally 2025. Prime Minister’s Office Singapore. https://www.pmo.gov.sg/Newsroom/National-Day-Rally-2025
2)Jobs, AI & a “We-First” Future: Key Takeaways from PM Wong’s National Day Rally 2025. (2025, August 18). REERACOEN. https://www.reeracoen.sg/en/articles/jobs-ai-a-we-first-future-key-takeaways-from-pm-wongs-national-day-rally-2025