香港2025年施政報告注目点②:北部都會区開発と新産業クラスター、日本企業が今考えるべき香港拠点戦略

香港政府が推進する「北部都會区(Northern Metropolis)」構想は、単なる都市開発ではなく、深センと連携した新しい経済・産業圏を形成するための戦略的プロジェクトです。2025年施政報告では、この構想を支えるインフラ整備と産業クラスターの形成がさらに具体化され、テクノロジー・バイオ・グリーンテックなど、次世代産業を牽引する拠点として注目が集まっています。

今回の記事では、最新の政策動向を踏まえながら、日本企業が香港進出・拠点再編を考える上で押さえておくべきポイントを整理します。

北部都會区(Northern Metropolis)構想の概要と戦略的位置づけ

香港政府は、2025年の施政報告において、北部都會区(Northern Metropolis)を今後の香港発展の重要軸と位置づけ、都市拡張、産業誘致、交通インフラ整備、環境調和を含む統合開発を進めると発表しました。

この北部都會区は、香港の面積・人口の約3分の1を占める地域を開発対象とし、3,000ヘクタール超の新規開発用地を提供する計画を掲げています。また、70,000戸程度の住宅ユニット整備、1,000万平方メートル級の経済用床面積確保を目指すと同時に、50万人以上の雇用創出効果を見込んでいます。

さらに、NM全体を:四大ゾーン「ハイエンド専門サービス・物流ハブ(High-end Professional Services & Logistics Hub)」「イノベーション・テクノロジーゾーン(Innovation & Technology Zone)」「ボーダー商業・産業(Boundary Commerce & Industry)」「ブルー&グリーンレクリエーション・保育(Blue & Green Recreation & Conservation)」に区分し、用途と機能をゾーン毎に明確化することで、効率的な土地活用と産業配置を目指しています。

こうした構想背景の中で、北部都會区は単なる住宅拡張や都市開発を超え、「香港+深センとの連携による産業立地の拡張」を目指す戦略的プロジェクトとして位置づけられています。香港の中核都市機能(金融、国際サービス、知財・資金調達、国際ネットワーク)と、深セン・大湾区(GBA)側の製造・技術供給力をつなぐハブとしての役割を強化しようという意図が見られます。

新田科技城(San Tin Technopole)によるITクラスター創出

北部都會区の中でも、技術・イノベーション集積拠点(ITクラスター)を担う施設として注目されているのが新田科技城(San Tin Technopole)です。

規模・開発スケジュール
HKSTP(Hong Kong Science & Technology Parks Corporation)は、San Tin Technopole内の計画地の一部(20ヘクタール程度)を「San Tin Technopole Campus」 として開発・運営する予定です。CBREがこのSan Tin Technopole Campus開発のコンサルタントとして誘致を行っており、2027年着工を見込んでいます。

San Tin Technopole全体は600ヘクタール規模に及び、およそその半分がIT用途に割り当てられる計画とされ、総床面積で7百万平方メートル規模を想定する開発スケールが報じられています。

また、香港政府はインフラ整備加速のため、初期フェーズ(2026–27年以降)にまず20ヘクタールのIT用地を先行供給し、公共施設や道路整備のために37億香港ドルが支出されるとの報道もあります。

産業分野と機能
San Tin Technopole Campusは、次世代技術や研究開発を支えるハブ拠点として、以下の分野を重点ターゲットとしており、研究・設計・試作・パイロット生産までのイノベーションバリューチェーンを支えることを想定しています:

  • AI、データサイエンス、機械学習などのソフトウェア・アルゴリズム開発
  • ライフサイエンス、バイオテクノロジー、ヘルスケア技術
  • 新素材、エネルギー技術、グリーンテック
  • 先端製造・プロトタイピング、マイクロ電子技術などのハード系技術
  • IoT、ロボティクス、自動化、生産プロセス最適化ソリューション

さらに、HKSTPはこの新しいキャンパスを「AI+産業応用」ハブとして位置づけており、現在HKSTPが保有する500を超えるAI関連スタートアップや5,000人以上のAI・テクノロジー人材基盤を活かして、産業応用促進を図る戦略を打ち出しています。

また、San Tin Technopoleは深センのイノベーション拠点(皇崗、福田等)と地理・インフラ的に近接する点が強調され、越境連携による技術融合・人材交流・サプライチェーン統合を目指す設計となっています。

インフラ・環境整備
この技術拠点を支えるために、道路整備、公共施設、上下水道、緑化、水路、景観設計などが開発計画に含まれています。初期の土地造成・サイト造成工事もすでに始まっており、フェーズ別に進められています。

また、環境保全・生態系保護の観点も政策設計に組み込まれており、湿地保護区域、生態回廊、緑地ネットワーク、洪水管理などの要件が計画段階から配慮されています。

開発局(DEVB)は、北部都會区の推進体制を強化しており、都市設計・土地政策・調整手続き合理化などを包括的に扱うコーディネーションオフィスを設置しています。

日本企業にとっての実務的意味・検討ポイント

拠点立地の多様化・最適化
従来、香港の拠点は香港島・九龍中心地域に集中していましたが、北部都會区という新たな選択肢が拡がることで、拠点コスト・スペース・将来性を考慮した新しい立地戦略が可能になります。特に研究所、実験施設、プロトタイプ開発拠点など、面積を取る用途では北部地域の利点が生きる可能性があります。

ただし、交通アクセスが整うまでの期間や公共交通インフラの未成熟部分を考慮し、将来予定される鉄道・道路整備計画と連動させて拠点選定を行う必要があります。地下鉄北環線(Northern Link)や関連高速道路の完成予定年などを確認してリスク管理するべきです。

規制・法制度リスクの把握
香港城市規劃委員会における区域計画(Outline Zoning Plan)、環境影響評価 (EIA)、設計基準、土地使用許可などが今後確定してゆくため、暫定制度と最終制度の差異に注意する必要があります。予定地がまだ区域計画確定前であれば、将来の用途制約・設計条件変更のリスクを織り込むべきです。

また、生態保護区域・景観要件・湿地保全を巡る住民反対や環境訴訟リスクにも備える必要があります。これらが許可条件や設計制限を変える可能性があります。

開発タイミングと段階戦略
San Tin Technopoleはフェーズ分けで進むため、すべてのインフラや施設が一斉に整うわけではありません。初期段階の「spade-ready land(すぐに開発可能な土地)」や最初の道路・公共施設が整備されてから段階的に拡充されるという発表もあります。初期段階で研究所・試作拠点レベルで入る「段階型拠点モデル」を採ることで投資リスクを抑えつつ後続拡大を見込む戦略が有効です。

人材確保と越境協働
ITクラスターでは高度人材の確保が不可欠です。日本企業は、香港側・中国側双方での人材採用、大学・研究機関との共同研究、越境就労制度・ビザ制度対応などを早期に検討すべきです。HKSTP や政策支援団体による人材交流プログラムも積極活用するのが有効です。

それに加えて、研究・設計を香港で、量産・部品調達を深センで行うハイブリッドモデルを前提としたサプライチェーン設計や越境物流の整備も重要です。

政府支援制度・補助金活用
北部都會区やSan Tin Technopoleは政府の重点開発テーマであるため、補助金支援制度、税制優遇措置、土地貸与優遇、入居支援制度など、各種インセンティブ制度が付随する可能性があります。政府は、北部都會区に進出する企業に対して一貫支援窓口(OASES、InvestHK、NMCO)による専任支援チームを設置することを表明しています。

また、政府は北部都會区の投資誘導パンフレット制作・企業誘致活動を実施しており、北部都會区をそのまま産業拠点として推進する立地選択肢を積極的にプロモーションしています。

まとめ

北部都會区とSan Tin Technopoleの構想は、香港の将来像を変えるだけでなく、日本企業にとっても新たな拠点戦略の選択肢を切り拓くものです。従来型の「香港島中心」「サービス拠点型」モデルから、研究・設計・試作拠点まで含んだ「技術重視型」拠点設計が現実味を帯びてきます。

ただし、インフラ整備や制度確定までのタイミング差やリスクは無視できず、段階的な拠点投入戦略、ゾーニング・環境制約への対応、越境協働モデルの検討が不可欠です。これらを踏まえて、日本企業は将来性と柔軟性を兼ね備えた拠点構築を今から始めておくべきと言えます。

お気軽にお問い合わせください

MAYプランニングでは、北部都會区における進出戦略の策定に関するアドバイスを行っています。また、San Tin Technopoleなど新産業クラスターへの拠点立地調査・適地選定、補助金・税制優遇制度の申請や香港・中国双方における人材採用・就労ビザなどについてのサポートも提供しております。

参考:
1)The Chief Executive’s 2025 Policy Address. (n.d.). The Hong Kong Special Administrative Region of the People’s Republic of China. https://www.policyaddress.gov.hk/2025/en/
2)LCQ2: Development of Northern Metropolis. (2025, May 7). The Government of the Hong Kong Special Administrative Region Press Releases. https://www.info.gov.hk/gia/general/202505/07/P2025050700603.htm
3)Home. (n.d.). Northern Metropolis. https://www.nm.gov.hk/en/
4)HKSTP Supports the Policy Address in Driving Economic Growth Actively Advancing the I&T Industry to Enhance Hong Kong’s Overall Competitiveness. (2025, September 17). HKSTP. https://www.hkstp.org/en/park-life/news-and-events/news/hkstp-supports-policy-address-2025
5)Invitation for Interest to Participate for Development of the HKSTP San Tin Technopole Campus. (2025, June 11). CBRE. https://www.cbre.com.hk/press-releases/invitation-for-interest-to-participate-hkstp-san-tin-technopole
6)Tech Park Development Expedited. (2025, February 26). News.Gov.Hk. https://www.news.gov.hk/eng/2025/02/20250226/20250226_093608_726.html
7)HKSTP and the GBA Development Office Co-Organise “Greater Bay Area AI+ & Investment Exchange Seminar.” (2025, August 13). HKSTP. https://www.hkstp.org/en/park-life/news-and-events/news/hkstp_gba_development_office_co-organise_greater_bay_area_ai_plus_investment_exchange_seminar
8)HKSTP Launches Search for San Tin Technopole Development Partners. (n.d.). Hong Kong Business. https://hongkongbusiness.hk/building-engineering/news/hkstp-launches-search-san-tin-technopole-development-partners