【シンガポールVS香港:2024年予算案①】最新の経済状況と予算案方針
ASEANへの進出を検討している企業にとって、アジアの金融ハブでありASEAN市場へのゲートウェイでもあるシンガポールと香港の予算方針は自社の成長戦略を立てる上でも重要な指針となります。
今回の記事より、2024年シンガポールと香港の予算案について4回に分けてご紹介・比較します。今回では、両地域去年のGDPやIPO活動などのデータから見た最新の経済状況から、今年の予算案で焦点が置かれている方針についてお伝えします。次回よりは、企業誘致措置、人事的支援、エコの取り組みなどの重点内容を詳しくご紹介します。
2023年概要:GDPとインフレ率
国内総生産(GDP)とインフレ率は、企業のビジネス方針策定にとって重要なデータです。これらのデータは、経済全体の健全性とパフォーマンスに関する重要な情報を提供します。
GDPからわかること
GDPは、国境内で生産される商品とサービスの総額を表し、国での経済活動の判断基準として機能します。堅調なGDP成長は、消費者支出、投資、雇用機会の増加を示し、これにより企業が提供する商品やサービスの需要が高まる可能性があります。一方、GDP成長の減少は経済の不況を示す場合があり、企業はリスクを軽減し、新たな機会を活用するなど、戦略を調整する必要があります。
インフレ率からわかること
インフレ率は、去年に比べてどれくらい物価が上昇したかを表す指数で、購買力や生活費の変化を反映します。消費者支出やビジネス投資を促進するため、適度なインフレは一般的に経済にとって健全です。しかし、高いインフレは購買力を減少させ、消費者の消費意欲を損ない、生産コストや金利を上昇させることでビジネスの運営を妨げる可能性があります。インフレ率をモニタリングすることで、企業は消費者の行動の変化を予測し、価格戦略を調整し、インフレリスクに対処して収益性と競争力を維持することができます。
香港とシンガポールの2023年におけるGDPとインフレデータを比較すると、下記の2点がわかります:
・2022年にGDP成長が3.5%減になったにもかかわらず、香港は2023年に3.2%のGDP増を記録しました。一方、2023年シンガポールのGDP成長率が1.1%増で、2022年の3.8%増と比較して成長率が緩やかになりました。
・2023年シンガポールのインフレ率は4.8%で、2022年の6.12%と比べて緩やかになりましたが、香港の1.7%(2022年と2023年同様)に比べては比較的に高いです。
香港はGDP成長におけるコロナ禍からの回復力と復興力を示していますが、シンガポールは国内のビジネスにとって課題となるインフレ圧力に直面しています。香港の企業は成長と投資に適した有利な経済状況を享受している一方で、シンガポールの企業は高い運営コストや消費者の価格感度などの課題を乗り越える必要があります。
2023年概要:新規株式公開(IPO)
新規株式公開(IPO)からわかること
IPOからは、市場のセンチメント、投資家の需要、そして資金調達の機会に関する情報がわかります。株式公開を計画している企業にとって、IPOデータは、自社の株式公開のタイミングや実現可能性を判断し、自社株の市場需要を評価し、最適な価格戦略を決定するのに役立ちます。さらに、既存の上場企業は、IPOのトレンドを活用して、自社のパフォーマンスをベンチマークにすることができます。また、競合他社の活動を評価し、潜在的な買収対象や戦略的パートナーを特定することができます。
過去十数年、香港は世界をリードするIPO市場であり、著しい資本調達量を誇ってきました。しかし、その勢いは2023年に停滞し、新規上場がわずか70件、総資金調達額が464.294億香港ドル(約8,997億円)に減少し(前年比57%減)、IPO収益が10年ぶりの低水準に達しました。その中で、ZJLD Group Inc(53.09億香港ドル、約1,029億円)やWuXi XDC Cayman Inc(40.7億香港ドル、約789億円)などのトップIPOパフォーマーが、市場の中で投資家の関心を集めました。注意すべくのは、2023年には外国企業のIPOがなく、香港の株式市場全体における中国企業の割合がさらに増加しました。注1
一方、シンガポールではIPO活動も減少しています。2023年に6件の新規上場があり、総額3500万米ドル(約53億円)の資金調達が行われましたが、2022年では11件で、総額4.28億米ドル(約648億円)の資金調達が行われました。2023年のIPOで、YKGI Limited(1,980万シンガポールドル、約22億円)やWinking Studios Limited(800万シンガポールドル、約9億円)などのトップパフォーマーが、市場の風向きにもかかわらず資金調達でレジリエンスを示しました。ただし、総資金調達額は比較的控えめなままであり、投資家の慎重なセンチメントを反映しています。注2
両者を比較すると、香港がIPO活動の減速に直面する一方で、シンガポールは激しい競争の中でより大規模なIPOを引き付けることに課題を抱えています。
2024年予算案の方針と概要
2024年の予算報告書において、香港とシンガポールの両方が、今後一年の財政年度における戦略的な方向性と重点を概説しています。各政府が経済成長を促進し、競争力を向上させ、市民の福祉を向上させるために取り組む政策や発展の重点分野を垣間見ることができます。
2024-25 年度香港財政予算案(https://www.budget.gov.hk/2024/eng/index.html)
香港の予算案では、「自信をもって前進し、機会をつかみ、高品質の発展を目指す」というテーマが、政府が香港経済への信頼を強化し、持続可能な発展を促進し、イノベーションを育成することへのコミットメントを強調しています。焦点となる分野には、イノベーションとテクノロジー、金融、貿易などの産業を支援するための措置による香港市場・経済への信頼の強化が含まれます。また、持続可能な成長を推進するために、エコの取り組みやデジタル経済への投資を強調しています。さらに、土地・住宅・交通インフラの整備を促進する方針や、市民の生活や医療・健康分野における措置も強調されています。ここ数年に続いている赤字から立ち直すために、全体的な財政戦略として、歳入の増加と歳出の削減を優先し、財政の持続可能性を維持することを重視する方向です。
シンガポール予算案2024(https://www.mof.gov.sg/singaporebudget)
シンガポールの2024年の予算案は、「共に未来を築く」というテーマの下で構築されており、国家が直面する課題や機会に支援的なアプローチを取っています。社会支援制度の強化、教育とスキル開発への投資、医療費の負担可能性の確保を目的とする政策を通じて、シンガポール国民の支援を重視しています。また、シンガポールは国民への投資と現地の人材育成を強調し、シンガポール国民を最優先にする姿勢を取っています。さらに、国の生産性、イノベーション、競争力を高めるための措置を通じて、企業を支援し、成長を促進することに焦点を当てています。インフラや技術への投資では、将来の課題や変化に備えるための取り組みも重視されています。
この2つの予算案から見ると、香港とシンガポールは経済回復力の促進やイノベーションへの投資という共通のテーマが共通しています。ただし、それぞれの焦点と政策の優先順位には顕著な違いがあります。香港は産業の発展、エコの取り組み、慎重な財政戦略に重点を置いていますが、シンガポールの予算案は人的資本、社会支援、ビジネスの競争力への投資を優先しています。両者を比較すると、香港は外来人材の誘致に焦点を当てていますが、シンガポールは国民の人材育成の方を重視しています。
まとめ
まとめると、2023年の香港とシンガポールのGDP、インフレ率、IPO活動の比較で、両地域の経済状況がわかります。香港はGDP成長の回復力を示し、インフレ率を維持していることに対し、シンガポールは控えめなGDP成長とインフレ圧力を乗り越えています。IPO活動では異なるトレンドが反映されており、香港ではかなりの減速が見られ、シンガポールではわずかな減少が見られます。
ASEAN市場への拡大を検討する企業にとって、各国の経済状況、規制環境、ビジネス機会を詳しく分析することが重要です。香港は成長と投資に適した条件を提供していますが、市場の変動や中国の政策などに注意する必要があります。一方、シンガポールは安定性と支援的なビジネス環境を提供していますが、インフレ率が比較的に高いため、企業は高い運営コストや消費者の価格感度などに対処する必要があります。
香港とシンガポールへの進出を決める際には、市場アクセス、人材プール、規制との相性、ビジネス目標との一致性などの要素を検討する必要があります。さらに、地元パートナーシップの構築、文化的ニュアンスへの理解、現地市場の変化に対する戦略の適応もとても重要です。GDPなどのデータや最新の予算案方針などの情報を活用し、各市場の独自の課題を理解し機会を掴むことは、ASEANのビジネス環境で成功を収める鍵となります。
次回よりの記事では、2024年シンガポールと香港それぞれの予算案内容を詳しくご紹介し、両者の違いを比較することで、それぞれの発展戦略について分析していく予定です。
参考:
注1)「2023年港股IPO:波動大市之下,市場靜待2024年拐點出現」, Investing.com, https://hk.investing.com/news/stock-market-news/article-431793
注2)Angela Tan「South-east Asia weathers IPO drought, SGX potential intact amid subdued performance: Deloitte」, THE STRAITS TIMES, https://www.straitstimes.com/business/asean-weathers-ipo-drought-sgx-potential-intact-amid-subdued-performance-deloitte