【シンガポールVS香港:2024年予算案②】SDGsとESGで企業誘致?2025年実施予定のBEPS2.0への対策

ASEANへの進出を検討している企業にとって、アジアの金融ハブでありASEAN市場へのゲートウェイでもあるシンガポールと香港の予算方針は自社の成長戦略を立てる上でも重要な指針となります。

今回は、2024年シンガポールと香港の予算案について4回に分けてご紹介・比較します。第2回目となる今回のテーマは、来年より実施予定のBEPS2.0の詳細から、シンガポールと香港が取り組む対策やSDGsを目標とした企業誘致措置についてご紹介します。3回目以降については、人材育成、エコへの取り組み、株式市場などについて詳しくご紹介する予定です。

2025年実施予定のBEPS2.0とシンガポール

BEPS(Base Erosion and Profit Shifting、税源浸食と利益移転)2.0は、OECD(経済協力開発機構)によって2013年に開始され、国際企業の税金逃れに対処することを目的としています。主に、課税権の再分配世界的な最低税率の導入の2つの取り組みで構成されています。日本、シンガポール、韓国など、複数のアジア諸国がBEPS 2.0に関与しています。

2021年7月には、137か国がデジタル課税提案に合意し、シンガポールは2024年以降にこの協定を実施する予定です。好ましい税率で知られているシンガポールですが、グローバルミニマム課税の適用により、2025年1月1日から、多国籍企業の子会社などの税負担が15%の最低税率となるまで課税する「所得合算ルール(Income Inclusion Rule、IIR)」を導入し、最低税率と実効税率との差額分に対して追加納税の「国内トップアップ税(Domestic Top-Up Tax、DTT)」を2023年2月の予算案に表明した通り課す予定です。この変更は、多国籍企業の税務戦略に影響を与える可能性があります。注1

Singapore Business Federation(SBF)のCEOであるKok Ping Soon氏は、「税制優遇措置は、企業がシンガポールに進出する理由ではなくなる」と述べています。代わりに、シンガポールの強力な連結性、堅牢なインフラ、優れた労働力、高品質な生活環境など、競争力のある利点が投資を引き付ける要因であるべきです。

シンガポールのBEPS2.0対策:RICの新設、法人税額50%控除

Refundable Investment Credit (RIC) の新設

シンガポールを投資先としての魅力を向上させるため、政府は返金可能な投資クレジット(Refundable Investment Credit、RIC)を導入する予定です。RIC制度の下、シンガポール経済開発局(EDB)またはEnterprise Singapore(ESG)によって承認された事業者は、以下の活動に対して適切な経費の最大50%の税額控除を享受することができます:

  • 資本支出(建物、設備および機械、ソフトウェアなど)
  • 人件費
  • トレーニング費用
  • 専門家の料金
  • 無形資産のコスト
  • シンガポールで外部委託された作業の料金
  • 材料および消耗品
  • 貨物運輸および物流費用

法人税から控除できない未使用のRICは、税額控除の条件が満たされた時点から4年以内に現金として払い戻すことができます。RIC制度の詳細なガイドラインは、2024年第3四半期(7月から9月)に発表される予定です。

法人税額50%の税額控除および現金還付

生活費の高さに対処するため、シンガポール政府は2024年度に50%の法人税税額控除および法人税の現金払い戻しを導入します。2023年度に少なくとも1人の現地従業員を雇用している企業は、補助金として2,000シンガポールドルの現金払い戻しを受ける資格があります。適格な従業員(株主兼取締役を務める株主を除く)は、シンガポール市民または永住者(PR)でなければなりません。

この現金払い戻しは、2024年第3四半期(7月から9月)に支払われる予定です。税務申告時には、現金払い戻しは計算された税額控除から差し引かれます。たとえば、企業Aが2023年度に現地従業員2人を雇用し、2024年度に30,000シンガポールドルの法人税を支払う場合、2024年第3四半期に2,000シンガポールドルの現金払い戻しを受け取ることができます。さらに、税務申告時に、30,000シンガポールドルの法人税額から2,000シンガポールドルの現金払い戻しを差し引いた13,000シンガポールドルの税額控除を受け取ることができます。合計上限額は40,000シンガポールドルです。

香港のBEPs2.0への対策

BEPS2.0、香港は直接参加していませんが、比較的高い税の透明性から、将来的にはBEPS 2.0に沿った税制改革が行われる可能性があります。香港政府は2023年12月21日より、BEPS 2.0の一環として15%のグローバル最低税率の実施について、3ヶ月間の公開意見を募集しています。現在の方向では2024年末までに立法提案を提出し、2025年に実施する予定です。「BEPS 2.0では、年間収入が75億ユーロを超える多国籍企業は、運営するすべての管轄区域で15%のグローバル最低税率を支払うことになるため、影響されるのは主に高所得企業で、中小企業にはあまり影響がない」と香港政府が強調しています。注2

その他の投資誘致政策:SDGsとESGに沿った支援措置

出典:https://www.unicef.or.jp/kodomo/sdgs/17goals/

SDGsとは?

持続可能な開発目標(SDGs)は、2015年に国連が採択した17のグローバルな目標であり、2030年の持続可能な開発のための計画の一部です。これらの目標は、貧困の終結、健康の促進、質の高い教育の確保、気候変動への対処など、社会的、経済的、環境的な課題に取り組むことを目指しています。SDGsは、過去の国際協定に基づいており、持続可能な開発を達成するために国々や利害関係者の協力を重視しており、国連のSDGs部門は、その実施とモニタリングの支援を行っています。(詳しくはこちら

各経済体や企業は、SDGsの達成により、投資機会の増加、貿易公平性の向上、他のステークホルダーとの協力を強化するチャンスを得られます。さらに、より持続可能なビジネス習慣、リスク管理の改善、評判の向上がもたらされ、長期的な収益性と強靭性に貢献します。

シンガポール:人道支援と企業コンプライアンスの促進

2024年の予算案において、シンガポールは持続可能なSDGsに対する取り組みを示し、人道支援と企業のコンプライアンスを促進する取り組みを導入しています。

・海外人道支援税控除制度(OHAS)  ↔ SGD3:すべての人に健康と福祉を
海外の緊急人道支援の寄付を奨励するため、シンガポールは試験的な制度としてOHASを導入します(実施期間:2025年1月1日~2028年12月31日)。緊急人道支援には、自然災害、パンデミックやその他の突発的な危機への対応が含まれます。食料、水、シェルター、医療支援、捜索、救助活動など、生命と健康に不可欠な活動が対象です。導入予定のOHAS制度では、法人および個人両方に適用され、対象活動への現金寄付に対して100%の税控除を受けることができます。詳細なガイドラインは、シンガポール国税庁(IRAS)によって2024年6月までに発表される予定です。注3

・企業コンプライアンスのための収入控除の拡大  ↔ SGD8:働きがいも経済成長も
企業のコンプライアンス負担を軽減、及びシステムの利用を拡大するため、2025年度より、修繕・改修費を対象とした適格支出にデザイナー費用と専門家報酬が追加され、収入控除が拡大されます。IRASは、この拡大に関する詳細な情報を2024年第3四半期(7月~9月)までに発表する予定です。注4

香港:イノベーションと経済の成長を中心に、中国と国際との架け橋となる政策

ESGとは?SDGsとどう違うか?

国連で採択された「より良い世界を目指すために行うべき国際的な行動指針」のSDGsとよく似ているESG(環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance))は、投資家が投資判断をする指針の1つであり、企業が安定的な成長をするための重要な観点です。投資家は、従来では業績や財務状況の分析のみによって投資判断を行っていましたが、近年ではESGの観点から企業価値を分析し、事業リスクなどを把握する必要があるという考え方が広まっています。

企業のESG対策として、具体的にいえば、環境面では再生可能エネルギーの使用などの脱炭素、水質汚染対策、リサイクルなどがあり、社会面では人材育成、労働安全性の確保、地域社会への貢献などの取り組みがあります。また、ガバナンスでは、業績悪化に直結する不祥事の回避、リスク管理のための情報開示や法令順守などが主な取り組みです。

香港政府と主なセクターが取り組んでいるESG戦略や現状については、今後の記事でご紹介する予定です。

香港は特別行政区であり、国連の大会においての交渉や協議承諾は中国が代わりに行っています。そのため、投資に関連するESGは注目されることが時々があるものの、SDGsなど国際的なテーマは香港地元でほとんど話題にされず、香港政府から直接の言及も少ないのですが、今回の2024年度予算案ではSDGsの取り組みにつなぐ政策がいくつかあると筆者は思います:

・経済成長とイノベーション ↔ SDG8:働きがいも経済成長も
今回の予算案での焦点の一つは、経済成長を刺激し、イノベーションを促進することです。下記には関連措置の一部となります:
 →40以上の主要企業が香港に進出または香港でのビジネス活動を拡大し、その投資額が400億香港ドル以上となり、約13,000の雇用機会が創出される
 →香港政府が完全所有Hong Kong Investment Corporation Limitedは、ライフサイエンス、グリーンテクノロジー、半導体、チップ製造などの新興分野へ投資する
 →2024年上半期に企業本拠地移転制度の導入について立法会に法案提出し、さらなる投資が促進されることが期待される
 →中小企業のEコマース発展を支援するため、最大100万香港ドルの助成金を申請できる「E-commerce Easy」をBUD Fundにを新設
 →「デジタル化支援計画」は今年年初より、飲食業と小売業の中小企業を対象に、すぐに使えるソリューションを紹介して導入支援をする

・貿易 ↔ SDG17:パートナシップで目標を達成しよう
貿易を促進し、経済的連結性を高めるため、香港はクロスボーダー・サプライチェーン管理センターの設立を計画しています。このセンターは、クロスボーダー・トレードに従事する企業のために、コンサルティングサービス、トレードファイナンス、企業トレーニングなどの支援を提供します。さらに、サウジアラビアのリヤドやマレーシアのクアラルンプールに香港の経済・貿易事務所を設立することを検討し、「一帯一路(OBOR)フェス」や「一帯一路徴税管理フォーラム」などのイベントを通じて、OBORに参加している国々との貿易関係やパートナーシップを強化します。

・知的財産(IP)取引とイノベーション ↔ SDG9:産業と技術革新の基盤をつくろう
IP関連活動への投資を促進するために、「特許ボックス」税制優遇措置の立法化が提案され、利益税率を5%まで引き下げます。Hong Kong Productivity Council(HKPC)によるWIPOテクノロジー・イノベーションセンターの設立および運営を支援するため、4,500万香港ドルの資金が割り当てられ、地域のイノベーションと技術開発をさらに促進します。また、イノベーション関連措置の一部は下記に抜粋します:
 →Cyberport(サイバーポート)にあるAIスーパーコンピューティングセンターは、初期段階の施設は今年中にサービスを開始可能になり、大学や研究開発機関および企業の利用支援に30億香港ドルの資金を提供
 →今年中に「香港マイクロエレクトロニクス研究院」を設立し、第三世代半導体の研究開発連携を促進
 →大学での生命健康研究院設立に、60億香港ドルの予算を提供
 →今年中に「新産業加速計画」を発表し、対象の企業ごとに最大2億香港ドルの助成金を提供
 →香港大学や中文大学などUGC から資金を分配されて運営している8の大学の技術移転部門に、それぞれ最大1,600万香港ドルの助成金を提供

・法的および紛争解決サービス ↔ SDG16:平和と公正をすべての人に
香港は、国際的な紛争解決の中心地としての地位を維持することを目指しています。中国発起の「International Organization for Mediation(国際調停組織)」の本部を香港に設立し、中国、中東やASEAN諸国での法的および紛争解決サービスの促進し続けます。

これらの措置注5は、SDGsのさまざまな目標と一致しています。これには、持続可能な開発のためのパートナーシップの促進、経済成長とイノベーションの促進、国際協力の推進が含まれます。

規制強化やコスト増加になる政策に要注意

シンガポールでは、マネーロンダリング対策の強化に伴い、規制が厳しくなる見込みです。JETROが2023年10月に発表された記事注6によれば、シンガポール政府は通貨金融庁(MAS)や内務省などの関係省庁からなる委員会を設置し、マネーロンダリング事件の発生を受けて、外資による法人設立や金融機関への規制、外国人の就労査証保持者の監視強化に向けて検討を行う予定です。これにより、企業の構造や金融取引の監視が強化される可能性があります。また、会計・企業規制庁(ACRA)も、法人登記への規制を強化する方針であり、不正行為に対する罰則を強化するとともに、居住者による複数企業の取締役兼任も規制する可能性があります。これらの規制強化はマネロンダリング活動を防止することを目的としていますが、シンガポールでのビジネス展開に影響を与える可能性があります。

一方、香港では、2024年4月1日からBusiness Registration手数料が200香港ドル増加し、年間2,200香港ドルとなります。これに加えて、手数料150香港ドルの免除期間も2年間延長されます。この手数料の増加は大幅とは言えないのですが、特に小型企業にとって香港での事業展開に新たなコスト負担をもたらす可能性があります。

まとめ

シンガポールと香港におけるBEPS2.0への対策と投資促進政策は、多国籍企業や投資家にとって重要な影響を与える可能性があります。シンガポールは、BEPS 2.0の影響を受けて税制を変更し、企業の税務戦略に影響を与える可能性があります。一方、香港では、Business Registration手数料の増加が小型企業に影響を与える可能性があります。

これらの変更に対して適切な戦略を立てるために、企業が注意すべきポイントがいくつかあります。

①税制変更が企業の財務計画にどのように影響するかを慎重に評価することが重要です。特に、海外での事業展開を検討している企業は、BEPS2.0の影響で各地の税制変更が事業に与える影響を正確に把握する必要があります。

②投資促進政策やその他の支援措置を活用する際には、各地それぞれの発展方針への理解が不可欠です。例えば、シンガポールの政策方向が国民優先のに対し、香港は外来の企業と人材を求めています。

③長期的なビジネス展開を考える際には、持続可能な開発目標(SDGs)に配慮することも重要です。SDGsに基づいたビジネス戦略を採用することで、企業は社会的責任を果たし、評判や投資機会が向上し、持続可能な成長を実現することができます。

次回よりの記事では、2024年シンガポールと香港それぞれの予算案における、人材育成とエコの取り組みについて詳しくご紹介し、両者の違いを比較することで、それぞれの発展戦略について分析していく予定です。

参考:
注1)Ovais Subhani「Budget 2024: Singapore to move ahead with corporate tax reform under global initiative」, THE STRAITS TIMES, https://www.straitstimes.com/business/budget-2024-singapore-to-move-ahead-with-corporate-tax-reform-under-global-initiative#:~:text=To%20do%20its%20part%20under,made%20by%20their%20overseas%20subsidiaries. 2024年3月31日閲覧
注2)麥德銘「【最低稅率】港府諮詢實施全球最低稅率BEPS2.0 曾估算每年稅收多150億元」, HKET, https://inews.hket.com/article/3676383/%E3%80%90%E6%9C%80%E4%BD%8E%E7%A8%85%E7%8E%87%E3%80%91%E6%B8%AF%E5%BA%9C%E8%AB%AE%E8%A9%A2%E5%AF%A6%E6%96%BD%E5%85%A8%E7%90%83%E6%9C%80%E4%BD%8E%E7%A8%85%E7%8E%87BEPS2.0%E3%80%80%E6%9B%BE%E4%BC%B0%E7%AE%97%E6%AF%8F%E5%B9%B4%E7%A8%85%E6%94%B6%E5%A4%9A150%E5%84%84%E5%85%83 2024年4月1日閲覧
注3)Tham Yuen-C「Budget 2024: Tax deductions for donations to overseas humanitarian relief efforts under new scheme」, THE STRAITS TIMES, https://www.straitstimes.com/singapore/budget-2024-tax-deductions-for-donations-to-overseas-humanitarian-relief-efforts-as-s-pore-moves-to-strengthen-culture-of-giving 2024年4月1日閲覧
注4)「Budget 2024 - Overview of Tax Changes」, Inland Revenue Authority of Singapore, https://www.iras.gov.sg/docs/default-source/budget-2024/budget-2024---overview-of-tax-changes.pdf?Status=Master&sfvrsn=bec60f4b_4 2024年4月1日閲覧
注5)「Budget Speech」, The 2024-25 Budget, https://www.budget.gov.hk/2024/eng/speech.html 2024年4月1日閲覧
注6)本田智津絵「外資法人設立など規制強化へ、約3,000億円相当の資金洗浄事件の発覚で」, JETRO, https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/10/15db833c3303ac8f.html 2024年4月1日閲覧