【シンガポールVS香港:2024年予算案③】人材育成とエコな取り組みが導く持続可能なビジョン

ASEANへの進出を検討している企業にとって、アジアの金融ハブでありASEAN市場へのゲートウェイでもあるシンガポールと香港の予算方針は自社の成長戦略を立てる上でも重要な指針となります。

今回は、2024年シンガポールと香港の予算案について4回に分けてご紹介・比較します。第3回目となる今回のテーマは、人材育成と教育強化からエコ面で、シンガポールと香港が取り組む支援や推奨措置についてご紹介します。最終回となる次回については、近年世界各国で注目されている防衛と安全保障、そして香港の観光と株式市場などについての措置を詳しくご紹介する予定です。

人材育成と教育強化

シンガポール:スキルアップと賃金格差縮小に重点を置く注1

シンガポールの予算案2024は、スキルアップを推奨し、賃金格差を縮小することを目的とした一連の措置を導入しています。その中で重点になっているのは、40歳以上の中高年労働者を対象としたSkillsFuture Level-Up Programmeです。対象者は、雇用可能性を高めるトレーニングプログラムに使えるSkillsFuture Creditを4,000シンガポールドル追加に与えられ、2025年度よりはPolytechnics、ITE、およびArts Institutionsでフルタイムのディプロマを獲得する対象者に補助金を提供します。さらに、適用のフルタイムコースに登録した対象者は、最新の12ヶ月間の平均所得の50%に相当する月額トレーニング手当を、最大で24ヶ月間月額3,000シンガポールドルで受け取ることができます。

スキルアップの推奨に加えて、今年の予算案は賃金格差に対処するためのいくつかの重要な措置について述べています。Workfare Income Supplement Schemeは強化され、低賃金の高齢労働者向けの手当が増加し、Local Qualifying Salary(LQS)および最低時給が引き上げられます。さらに、Progressive Wage Credit Schemeに10億シンガポールドルの予算を使い、政府の共同出資率を引き上げ、賃金の上限を増加するなどの強化措置を予定しています。

ITE卒業生を支援する措置として、30歳以下のITE卒業生が対象者のITE Progression Awardが新設される予定で、ディプロマ・プログラムに登録する際や実際ディプロマを獲得する際に補助金がもらえるようになっています。

また、ComLink+の強化については、結婚のストレスや既存の負債などの課題に直面する家族に追加の財政支援を提供し、企業やコミュニティグループとの協力により、ビフレンディング、メンタリングなどの支援形態を含む支援パッケージの実施も可能となります。

香港:人材育成措置と所得税税制変更に注目注2

香港の予算案2024における人事関係の措置では、高度人材通行証計画(TTPS)など既存の人材誘致制度を見直し、Global Talent Summit and the Guangdong‑Hong Kong‑Macao Greater Bay Area High‑quality Talent Development Conferenceという人材サミットを5月に開催する計画を立てています。

その他、法律やITなどの重要な分野での人材育成措置には、「香港国際法律人材育成学院」の設立や、大学生向けのSTEMインターンシップ計画や小学生向けの「Knowing More About IT」教育計画の導入を予定しています。今後2学校年度各公立小学校に最大30万香港ドルの補助金を提供するために、1億3,400万香港ドルの予算を割り当てます。

また、職業訓練および専門教育の促進に6.8億香港ドルを割り当て、働く親への支援措置として保育施設の設立や学童保育サービスの拡大を計画しています。

税率
~500万香港ドル15%
500万香港ドル以降16%
香港の最新給与税・個人所得税税率

一方、今回の予算案では、初めて給与税と個人所得税の標準税率を左の表のような2段階制に変更します。今回の変更で影響される高所得者は約1.2万人の見込みであり、納税者全体の0.6%を占めます。これにより香港政府は約9.1億香港ドルの収入を増やすことになり、事実上「富裕税」が増設されるのと同様です。財政長官のPaul Chan氏は、市民の生活への影響を考慮し、シンプルで低い税制の競争優位性を維持し、「能力のある人は多く払う」の原則に基づいて、税制に関する調整を提案したと説明しました。また、2段階制が導入された場合でも、香港の実質税率は他の先進国よりも低いことをChan氏は強調しました。注3

両者を比較すると、シンガポールと香港の予算案2024はどちらも人材育成や教育の強化についての措置がありますが、シンガポールの焦点はスキルアップと労働力の向上により明確であり、特に中高年労働者へのトレーニングや賃金格差の削減に重点を置いた施策があり、高度なスキルを持ち、適応性の高い労働力を確保するシンガポールの取り組みを反映しています。一方、香港の予算案は、法律やITなどのセクターでの人材育成と学生時代のSTEM教育強化に重点を置いており、若い世代から人材を育成し、専門分野の人材を引き付けるための取り組みがあり、グローバル経済と競争力を維持するための香港の目標と一致しています。

シンガポールまたは香港への進出を望む企業は、各予算案で明示された強みと優先事項を考慮すべきです。シンガポールの強いスキルアップ支援措置と賃金格差の削減に焦点を当てた取り組みは、高度なスキルや競争力の高い労働力を求める企業に魅力的であるかもしれません。一方、香港の専門分野での人材育成と教育強化の取り組みは、特定の専門人材プールにアクセスしたり、香港の戦略的な立地や中国市場へのアクセスを活用したい企業を引き付ける可能性があります。

持続可能な取り組み

シンガポール:エコなイニシアチブとエネルギー安全保障の強化注1

シンガポールの予算案2024では、持続可能な発展と環境保護の重要性が強調されています。政府は特に中小企業向けのエコのイニシアチブを支援する計画を立てており、これには、Enterprise Financing Schemeの枠組みでのグリーンローン支援の拡大と、より多くの中小企業がグリーンソリューションを採用できるようにするための取り組みが含まれます。また、Energy Efficiency Grantが強化され、適用範囲をより多くのセクターに拡大することにより、排出削減の目標を持つ様々な企業を支援します

さらに、シンガポールはエネルギー安全保障を優先し、化石燃料への依存を減らすための代替エネルギーの開発を進めています。計画には、増加する電力需要に対応するための第2LNGターミナルの建設や、水素、地熱、および原子力などの選択肢の積極的な開発が含まれます。クリーンエネルギーに重要なインフラへの投資を支援するために、シンガポールは初期投資額50億シンガポールドルの未来エネルギー基金(Future Energy Fund)を設立します。

香港:グリーン金融と交通分野でのエコな取り組み注2

香港の予算案2024の場合、環境の持続可能性を促進するための取り組みが強調されています。例えば、政府施設での太陽エネルギー技術の適用確認や電気自動車(EV)の利用促進に、試験的なプログラムを導入することを予定しています。中には、EVの初回登録税軽減措置を2026年3月まで延長することや、普及率の増加につれ登録税軽減率を40%減らすことなどが含まれます。

また、香港はグリーン金融に焦点を当て、企業や金融機関の持続可能に関する報告書やデータ分析を支援することを目指しています。Green and Sustainable Finance Grant SchemeやGreen and Sustainable Fintech Proof of Concept Subsidy Schemeなどの助成金により、企業のグリーン金融の実践とイノベーションを促進します。

海運の分野では、グローバルの炭素削減基準を満たす香港籍の船舶に対するインセンティブの提供に6,500万香港ドルを割り当てることや、地元船舶および外航船舶に対するグリーンメタノール給油に関する研究が含まれます。一方、香港の航空業界で持続可能な航空燃料の使用を促進する取り組みが進められています。

両者を比較すると、シンガポールの措置は、特に中小企業のグリーンソリューション採用を推奨することや、代替エネルギーへの投資を通じてエネルギー安全を高めることに重点を置いています。Future Energy Fundの設立は、シンガポールが持続可能なエネルギーに移行することへのコミットメントを示しています。一方、香港の予算案はどちらかというと、グリーン金融と交通分野でのエコな取り組みが重点となっています。

エコ分野でのイノベーションと代替エネルギーへの移行をサポートする環境を求めている企業にとって、シンガポールは、グリーンソリューションを推奨し、代替エネルギーへの投資に重点を置いていることから、より適していると思われます。それに対し、香港のグリーン金融や交通分野への持続可能な取り組みは、関連の金融の専門知識と香港の戦略的な立地を活用したい企業にとって魅力的かもしれません。

まとめ

まとめると、シンガポールと香港の両方が、2024年の予算提案で人材育成と持続可能な取り組みが言及されていますが、それぞれの焦点は少し違います。シンガポールは、特に中高年労働者向けのスキルアップ推奨措置や賃金格差の解消に向けた取り組みを通じて、適応力の高い労働力の育成に重点を置いています。一方、香港は、法律やITなどの専門分野での人材育成、小学校からのSTEM教育の強化、持続可能な交通や金融の実践の強化に重点を置いています。

シンガポールへの拡大を検討する企業にとっては、従業員のスキルアップ支援やグリーンソリューション及び代替エネルギーへの投資に重点を置いている点が魅力的です。一方、香港は2段階税制への変更という新しい課題はありますが、そのグリーン金融や持続可能な取り組みそして専門的な人材プールが、中国と隣接する戦略的な立地や金融の専門知識を活用したい企業にとって魅力的かもしれません。

次次回よりの記事では、2024年シンガポールと香港それぞれの予算案における、防衛と安全保障への取り組み、そして香港で特に取り上げられている観光と株式市場に関する措置について詳しくご紹介し、それぞれの発展戦略について分析していく予定です。

参考:
注1)「Budget Statement」, Ministry of Finance Singapore, https://www.mof.gov.sg/singaporebudget/budget-2024/budget-statement 2024年4月9日閲覧
注2)「Budget Speech」, The 2024-25 Budget, https://www.budget.gov.hk/2024/eng/speech.html 2024年4月10日閲覧
注3)「【優化稅制】增收「富人稅」 薪俸稅率改兩級制」, 文匯網, https://www.wenweipo.com/a/202402/29/AP65df9475e4b0ad017f0bdd5b.html 2024年4月10日閲覧