【シンガポールVS香港:2024年予算案④】増加し続ける防衛予算;香港の主要産業となる観光と株式市場の関連措置

ASEANへの進出を目指す日本企業にとって、アジアの金融ハブであり市場へのゲートウェイでもあるシンガポールと香港の予算方針は今後のビジネスの重要な指標のひとつとなります。2024年シンガポールと香港の予算案について4回に分けて比較してきましたが今回はその最終回です。シンガポールと香港の防衛・セキュリティへの投資から、香港にとってコロナ禍で打撃を受けた観光産業や株式市場の回復に関する政策まで、今年の予算案における重要方針についてご紹介します。

防衛とセキュリティへの投資

2024年のシンガポール予算案は、国の主権と安定を守るための防衛と安全保障への投資が含まれており、年間国内総生産(GDP)の約3%から4%を国防省(MINDEF)に割り当てられています。過去10年間で、国内の安全保障に対する支出は80億シンガポールドルを超えるほどに倍増しました。過去と現在の国民兵役者の貢献を認め、今年度は約120万人の対象者にLifeSGクレジット200シンガポールドルを提供します。また、サイバー脅威に対する重要なインフラとシステムの耐性を確保し、サイバーセキュリティの調整とイノベーションを強化するために、Punggol Digital Districtに新しい国家サイバーセキュリティコマンドセンターを設立します。注1

香港の2024年予算案では、セキュリティ関連支出予算は684億香港ドルであり、経済目的に割り当てられた517億香港ドルよりも上回っています注2また、予算案に含まれていない部分となりますが、過去数年間で、国家安全保障への資金提供が一貫して増加しており、2020年初期の80億香港ドルの割り当てに続いて2023年んに50億香港ドルの追加が行われてました。しかし、香港の国家安全保障支出に関して香港政府は具体的な詳細の開示を拒否しており、社会学者のChung Kim-wah氏は、具体的な開示の欠如が政府の説明責任を損ない、公共資金の割り当てと利用について疑問を投げかけていると主張しています。注3

シンガポールでの拡大を検討する企業にとって、サイバーセキュリティ、テクノロジー関連の産業は、シンガポールの戦略的な立地と支援的なビジネス環境から、シンガポールを投資と成長の魅力的な場所と見なすかもしれません。また、イノベーションとデジタル変革へのシンガポールの支援政策は、高度なサイバーセキュリティソリューションとサービスを提供する企業にとって機会を提供しています。

一方、香港政府のセキュリティや国家安全保障への予算と資金の割当は、香港の変化する政治的状況とビジネス運営への影響を示しています。香港での拡大を検討する企業は、規制環境や国家安全保障の考慮事項に関連する可能性のある課題を認識する必要があります。さまざまなセクターで機会を提供する重要な金融ハブである香港で成功するために、金融、テクノロジー、プロフェッショナルサービスなどの業界は、効果的に変化する規制環境に適応する必要があります。

香港:観光業の強化

ここでは、シンガポール予算案であまり言及されていませんが、香港の予算案ではかなり重視されている観光業界関連の措置についてご紹介します。注4

2024年の香港予算案では、コロナ禍から復活する観光業の活性化と都市ブランドの強化を目指した措置がいくつか述べられています。重要な一環として特筆されているのは、観光業界の発展を促進するために、10.9億香港ドル以上の予算がさまざまなイニシアチブやイベントに充てられています。これには、アイコニックなビクトリアハーバーのスカイラインを花火やドローンパフォーマンスで毎月彩り、既存の「シンフォニー・オブ・ライツ」ショーを再活性化し、海浜でのダイニング、小売、エンターテイメント施設を導入するなどが含まれます。また、「都市散歩」などをテーマとした没入型香港ツアー、若者をターゲットしたハイキング・サイクリング・星空観察などの屋外アクティビティや、「Sai Kung Hoi Arts Festival」や「Design District Hong Kong (#ddHK)」の地元文化イベントなどの開催は、多様な訪問者層を引き付けるために推進されます。

新しい香港観光ブランドが立ち上げることの他、今回の予算案では周辺の大湾区都市との連携が強調され、地域全体の観光市場を活性化するために「一回の旅行に複数の目的地」という概念を普及させる方向です。また、次の3年間に主要イベントのプロモーションを強化するために1億香港ドルの予算が確保されています。さらに、Global Financial Leaders’ Investment SummitやWealth for Good in Hong Kongなどのテーマ別金融フォーラムも引き続き開催する予定で、香港を引き続きグローバルな金融拠点として位置付けます。香港の国際的な可視性とリーダーシップを高めるために、海外講演スポンサースキームが新設され、有名な学者や業界の専門家が海外での香港のプロモーションを支援します。

しかし、2008年から中止していたホテル税は、2025年1月1日より再開する予定で、税率は従来と同じく3%となります。

香港の強みは、戦略的な立地、世界クラスのインフラや活気のある文化環境にあります。観光ツアーの他、ホスピタリティ、エンターテイメント、イベントマネジメントなどの分野に特化した企業は、香港が魅力的な進出先と見なすかもしれません。また、革新的な観光ソリューションやテクノロジーを持つ企業は、香港をグローバルなビジネス拠点として、地域および国際市場にアクセスすることができます。

香港:株式市場の活性化と企業適性

もう一つ、シンガポール予算案が香港予算案ほど言及されていないのは株式市場関連の措置です。注4

2024年の香港予算案には、株式市場の活性化と流動性促進を目指す措置が述べており、その一つは、株式市場流動性強化タスクフォースの提案をすぐ実施するというコミットメントがありました。これは、投資家や株式市場参加者の両方に利益をもたらす、市場の流動性と効率に関する問題に積極的に取り組む姿勢を示しています。

今年以内に実施と明言されたのは、株式市場の安定性と耐久性を確保するために、株式買い戻しメカニズムの設立と、悪天候下でも株式市場運営を維持する仕組みの構築があります。また、株式市場エコシステム内での持続的な改善するために、上場メカニズムの改善、取引メカニズムの最適化、投資家へのサービス強化、市場のプロモーション活動の促進を目標とした措置の導入に関する議論が行っています。

香港は、堅牢な金融インフラ、戦略的な立地、資本市場へのアクセスを備えた、金融、技術、イノベーション分野の企業に特に適しています。香港予算案で示された措置は、株式市場エコシステムの強化、流動性の促進、投資家の信頼醸成に向けたコミットメントを反映しています。進出を検討する企業にとっては、市場の動向を把握し、規制環境を理解することが香港のビジネス環境で成功するために重要です。

まとめ

まとめると、シンガポール・香港への拡大を検討している企業にとって、それぞれ独自の機会と課題を提供しており、シンガポールの支援的なビジネス環境とテクノロジー、サイバーセキュリティへの重視は、これらの分野で活動する企業にとって魅力的な機会を提供しています。一方、香港の強固な金融インフラと資本市場へのアクセスは、金融、テクノロジー、イノベーション分野の企業にとって魅力的な目的地となっています。

ただし、日々変化する規制環境や地政学的要因には注意が必要です。近年では、香港の経済は中国経済に取り込まれて、経済の約40%を中国本土に依存しているのが現状であり、中国企業がプレゼンスを増して、中国式経済システムへ徐々に変わっているため注5、香港の政策施行方向を判断する際には中国の動向にも注意しなければなりません。特にその中で特に米中の地政学的な対立の影響が大きいと見られます。一方、シンガポールは最近、資金洗浄事件や政治的な変化などが不安定な要素となっています。資金洗浄事件はシンガポールの不正資金に対する脆弱性を露呈し、規制監視やビジネスセキュリティに関する懸念を引き起こしており、首相交代や社会経済格差から生まれた政治の不安定さは、企業にとって不確実性をもたらし、長期的な投資決定に影響を与えます。注6

シンガポールと香港はどちらも国際的な金融ハブとして引き続き魅力的ですが、進出を計画している企業はそれぞれのリスクを評価し、政治的および規制上の状況に注意して自社の戦略を適応させる必要があります。

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参考:
注1)「Budget Statement」, Ministry of Finance Singapore, https://www.mof.gov.sg/singaporebudget/budget-2024/budget-statement 
注2)「Public Finance」, The 2024-25 Budget, https://www.budget.gov.hk/2024/eng/pf.html
注3)董舒悅「80億國安經費兩年多用完?港府再撥50億 評論:將港當「提款機」」, RFA, https://www.rfa.org/cantonese/news/htm/hk-budget-05192023070729.html
注4)「Budget Speech」, The 2024-25 Budget, https://www.budget.gov.hk/2024/eng/speech.html 
注5)大西康雄「どうなる?香港経済「国家安全条例」制定、悪化する海外評価、ビジネス・ハブ機能は続くのか」, Yahoo!Japanニュース, https://news.yahoo.co.jp/articles/c9f2e3d18631b18b4bac4610f8d6dbaabc3d674b?page=3
注6)Mercedes Ruehl「富裕層が集まる「アジアのスイス」シンガポールの不安定化が止まらない」, COURRiIER Japan, https://courrier.jp/news/archives/341523/