12月1日実施!シンガポールのフレックス制勤務における三者ガイドライン(Tripartite Guidelines on Flexible Work Arrangement Requests)

2024年12月1日からシンガポールで導入される予定のフレックス制勤務における三者ガイドライン(Tripartite Guidelines on Flexible Work Arrangement Requests、以下ガイドライン)は、シンガポールの職場に大きな変化をもたらすと予想されています。シンガポール政府によって承認されたこのガイドラインは、雇用主と従業員の両方に対する柔軟な労働条件(以下FWA)に関する明確な規範と期待を確立することを目指しています。FWAガイドラインは、正式なFWA要請の手続き、雇用主の適切な検討方法、および要請に関する意思決定を透明かつ迅速に通知する要件を概説しています。

今回の記事では、シンガポールで実施する予定のFWAガイドラインの内容、各業界と従業員の反応や今後のシンガポール労働市場への影響について詳しくご説明します。シンガポールへの進出・移住している方またはその予定のある方はぜひこの情報を抑えておきましょう。

ガイドラインの詳細

ガイドラインにおけるFWAは、雇用主と従業員が合意した従来の労働形態から変更した、下記の3つの分類のどちらかまたは1種類以上に当てはまった勤務形態です:注1

・自宅などオフィス以外での勤務
・合計勤務時間と業務量に変更なしで、出退勤時間を柔軟に変更できるフレックスタイム制
・業務量とそれに見合った報酬での勤務(例:ジョブシェアリング、パートタイム)

現在、多くの雇用主や従業員はお互いのニーズに合うように勤務体制をすでに調整しているかもしれません。もし従業員と雇用主の双方にとってうまく取り組んでいる場合、既存の勤務体制は継続すべきです。一方、既存の体制が存在しないか不足している場合、試用期間を終えた従業員はこのガイドラインに基づいて正式なFWA要請を行うことができます。すべての雇用主は、このガイドラインで挙げられた要件に沿って、従業員の正式なFWA要請を適切に検討し、2ヶ月以内に返答すべきです。また、拒否する場合は理由を伝えなければなりません

ここではガイドラインにおける合理的な理由と非合理的な理由の例を見てみましょう:

合理的な理由非合理的な理由
費用
・雇用主に著しい費用負担の増加をもたらします。
・管理職がFWAに賛成していない
生産性やアウトプットに悪影響
・個人、チーム、または組織の生産性やアウトプットの量または質が著しく低下し、顧客のニーズを満たす能力に悪影響を与える可能性があります。
・スーパーバイザーが直接オフィスで従業員が働いているかどうかを確認したいと考えています。(従業員が今まで通り十分に働いている場合)
実現可能性
・仕事の性質によっては実現不可能です。
・他の従業員の勤務条件を変更する余地がありません。
・FWA要求を受け入れるために新しい従業員を雇う必要があります。
組織の伝統や慣習としてFWAを不採用
・他の従業員がFWAを要求する可能性があるため、営業時間内オフィスにいる人数を確保する観点からFWAを拒否します。

ガイドラインでは、従業員がFWAを要請する際に注意すべく事も掲載されています:
・責任を持って行動する:仕事量やパフォーマンスへの影響、またチームや顧客への影響を考慮すべき
・雇用主がFWAを承諾するための要件を模索:作業プロセスの見直しやチームメンバー間での作業の再分配など、顧客のニーズを引き続き満たし、会社の生産力に影響しない
・承諾はケースバイケース:有効なビジネス上の理由がある場合、雇用主は組織内のすべての従業員に対して同じFWAを同時に承認することは期待されていない

従業員が正式なFWA要請を提出するための手順は設定しておくべきです(例:勤務ポータルでの提出、上司にメールで提出)。手順の中でフォーマットや必要な情報など要請の要件が定められている場合、従業員はこれらの要件に従うべきです。一方、手順が設定されていない場合、従業員は「申請日、要請の勤務形態・頻度・期間、理由」(該当する場合は開始日と終了日も記載)書面で正式なFWA要求を行うことができます。このガイドラインにより設定された要件を満たさない場合、非正式な要請とみなされ、このガイドラインの対象外となります。

また、雇用主は、求人広告や面接で、FWAポリシーまたはFWAへのアプローチを伝える必要はありませんが、伝えることにより雇用主は求職者のFWAへの期待をより適切に管理できます。

政府側からの支援

FWAに関する規範と期待を形作ったこのガイドラインを効果的で持続可能に実施するためには、信頼とオープンなコミュニケーションに基づく職場文化の育成が重要です。従業員が仕事と家庭で最善を尽すことと企業が労働力の可能性を最大限に活用することを調和することで、生産力の高い職場を作り上げることができます。

雇用主を対象に、公正進歩雇用慣行の三者連合(Tripartite Alliance for Fair and Progressive Employment Practices(TAFEP)、シンガポール国家雇用者連盟(Singapore National Employers Federation、SNEF)、人事専門家協会(Institute for Human Resource Professionals、IHRP)、中小企業協会(Association for Small and Medium Enterprises、ASME)、および中小企業センター(SME Centres)は、FWAの実施を支援するためのトレーニングワークショップ、助言サービス、教育資料などを提供しています。

従業員は、雇用主がガイドラインに従わなかった場合、助言や支援を求めるためにTAFEP、全国労働組合会議(National Trades Union Congress、NTUC)、または各業界の組合にアプローチすることができます。

雇用主と従業員の反応

今回実施予定のガイドラインについて、シンガポール社会では様々な意見が出ています。

労働省の国務大臣であり、三者ワーキンググループ共同議長のGan Siow Huang氏は、柔軟な勤務体制が従業員と雇用主の両方にとっても利点をもたらすことを強調し、この体制の成功には雇用主と従業員の間の信頼と相互理解が重要であると述べていました。一方、フレックス制勤務を実施する際にビジネスの実現可能性を考慮する柔軟性が必要で、雇用主が従業員のフレックス制勤務要請を評価する際にビジネス運営における潜在的な影響への注意が必要と指摘しています。

同じく三者ワーキンググループ共同議長であるEdwin Ng氏は、責任を持つフレックス制勤務についてのガイドラインが重要だと強調しており、雇用主と従業員の間の話し合いを促進することで、円滑な雇用関係が維持できると述べました。注2

しかし、一部の雇用主は、フレックス制勤務が運営に与える潜在的な影響を懸念しており、もしフレックス制勤務がシンガポール労働市場の基準になった場合、コストを抑えるためには隣接のマレーシアからより多くの労働者を雇う可能性があると述べています。その中で「企業にとってローカル人材特有の利点がなくなる」と指摘する雇用主もいます。注3また、マレーシア企業の中では、企業側がフレックス制勤務の要請に対応するための標準作業手順(SOP)を確立する必要があると指摘している雇用主がおりまして、「特に伝統的な産業企業にとっては、運用コストと生産性を考慮して全体的な発展を妨げないようにすることが課題となる」とコメントしています。

その点について、HR業界は、「従業員が働いていることを確認するためにはオフィスで会う必要がある 」という考え方から脱却すべきだと指摘し、「presence-based(存在を基準とする)」より「output-based(アウトプットを基準とする)」重視へ移行する必要性を表明しています。注5一方、シンガポール中小企業協会会長のAng Yuit氏は、短期雇用を求めている応募者を受け入れるなど雇用戦略の変更を提案しています。注6

従業員の観点からは、フレックス制勤務に対して賛成する声が一般的ですが、実施の成功には雇用主の協力が要になるため、雇用主の理解と各業界への支援措置が必要とのことです。

FWAガイドラインの実施がシンガポールの労働市場に対する影響

シンガポールでは欧米企業の東南アジアでの地域拠点および本社が多く集まっているため、イギリスやアイルランドなどの欧米諸国が取り組んでいるフレックス制勤務がシンガポール政府に推奨されることは、シンガポールの人材集積にとって重要なインセンティブとなります。

FWAガイドラインの導入は、シンガポール政府が労働条件の持続的改善に取り組む姿勢を示し、従業員が良いワークライフバランスを取れることで、より高い生産性を促進することを目指しています。柔軟な勤務体制の選択肢を許容することは、企業の人材誘致に有利で、収益を増やせる点から、ビジネス運営にも利益をもたらす可能性があります。しかし、フレックス制勤務の実施がシンガポール現地の雇用に与える影響を懸念し、海外採用を検討している雇用主もいます。結果として、海外のリモートワーカーの採用が増え、現地の従業員への依存が減少する可能性があります。実際、シンガポールでのFWAガイドライン導入は、特にマレーシアのジョホールバルからシンガポールへ毎日通勤するマレーシア人従業員に利益をもたらす可能性があります。そのマレーシア人従業員たちの意見では、フレックス制勤務の実施は交通の金銭・時間コスト削減や効率改善などの利点を提供しているとのことです。注6

強制的なガイドラインが労働市場に及ぼす長期的影響については、各業界の採用慣行、給与、キャリアアップ、昇進に関する潜在的影響などについて疑問が呈されていると、シンガポール社会科学大学のマーケティングプログラム准教授のAda Wong氏はコメントしており、ガイドラインが各セクターにどのような影響を与えるかを慎重に考慮する必要性を強調しました。注4一方、IHRPのCEOであるAslam氏の意見では、FWAガイドラインは、従業員の要請を評価するための枠組みを提供することで、雇用主が内部の人事管理慣行を改善する機会を提供できると予想しています。注5

まとめ

シンガポールにおける柔軟な労働時間(FWA)ガイドラインの導入は、今後のシンガポール職場に大きな変化をもたらし、雇用主と従業員の間で柔軟な勤務形態に関する明確な規範と期待を確立することを目指しています。ガイドラインは、正式なFWA要請に明確な枠組みを提供し、雇用主による透明なコミュニケーションと公正な検討を確保します。

一部の雇用主が現地の雇用慣行や運営コストへの潜在的な影響に懸念を表明している事に対し、人材の維持や運営効率の向上の機会と見ている声も少なくありません。ガイドラインの導入は、ワークライフバランスを促進するだけでなく、シンガポールが人材を引き付ける競争力を維持するためにも重要です。企業、雇用主、および従業員の協力と、信頼、公開性、相互理解などの原則の受け入れは、生産的な職場を築き上げるのに不可欠です。

お気軽にお問い合わせください

MAYプランニングでは、シンガポール進出におけるFWAガイドライン実施への対策に関するアドバイスを行っています。また、既存の勤務形態をFWAを受け入れられるように調整するなどについてのサポートも提供しております。

参考:
注1)「Tripartite guidelines on flexible work arrangement requests」, Ministry of Manpower, https://www.mom.gov.sg/-/media/mom/documents/press-releases/2024/tripartite-guidelines-on-flexible-work-arrangement-requests.pdf
注2)Karen Mitra, Dawn Tan and Tristan Teo「Flexible Work Arrangements in Singapore: a look at the new Tripartite Guideline」, Ashurst, https://www.ashurst.com/en/insights/flexible-work-arrangements-in-singapore/#:~:text=Employers%20must%20provide%20written%20responses,a%20reason%20for%20the%20rejection.
注3)DAVINA THAM「’Singaporeans need to level up’: Companies say flexi-work could push them to hire overseas」, TODAY, https://www.todayonline.com/singapore/singaporeans-need-level-companies-say-flexi-work-could-push-them-hire-overseas-2406286
注4)Ada Wong「Commentary: Why Singaporeans are less likely to quit when they work from home」, CNA, https://www.channelnewsasia.com/commentary/flexi-work-arrangement-guidelines-companies-adapt-retain-workers-4275726
注5)Jalelah Abu Baker「Flexible work arrangement guidelines can be a chance to improve HR practices in Singapore, says expert」, CNA, https://www.channelnewsasia.com/singapore/flexible-work-arrangements-fwa-guidelines-december-firms-employees-employers-labour-movement-4277281
注6)黃自強「新加坡彈性工作原則12月上路 勞工有權要求週休3日」, 中央通訊社, https://www.cna.com.tw/news/aopl/202404190304.aspx